「孤狼の血」は日本映画界に前例のないシリーズとなるか?白石和彌監督が“続編”を作る意義【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

「孤狼の血」は日本映画界に前例のないシリーズとなるか?白石和彌監督が“続編”を作る意義【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】


宇野「これは東映の作品に限った話ではないですけど、日本のいわゆるメジャーの映画会社が作る作品には、ジェンダーの描き方を筆頭に、根本的な価値観の古さのようなものを感じることも多くて。制作現場に関しては、今作で白石監督が率先して導入をしたリスペクト・トレーニングだったりと、それなりに改革は進んでいるとは思うんですけど、『そもそもどうしてこんな古くさい企画が通ったんだろう?』みたいな、観る前から戸惑ってしまう作品も少なくないんですよ」

白石「東映さんに関して言うと、やっぱりジャンルムービーの会社だと思うんです。宣伝部も営業部も企画部も、どんなに時代が変わっても、『孤狼の血』のような作品が好きな人が集まっている。逆に、いまっぽい題材を扱った作品の時は、端から見てても困っちゃってる感じもあるんで(笑)。『孤狼の血』みたいな作品は、東映の人たちが働きやすい作品でもあると思うんですよね。だから、作品でやりたいこともクリエイター・ファーストで考えてくれて。『ああしたい』『こうしたい』と言った時に、『監督がそう言うんだったらどうぞ』という部分が、多分、ほかのメジャー系の映画会社の中で一番大きいと思います。そういう意味では、自分にとってとてもやりやすい環境でしたね」

東映宣伝部には「『孤狼の血』のような作品が好きな人が集まっている」?
東映宣伝部には「『孤狼の血』のような作品が好きな人が集まっている」?撮影/河内 彩

宇野「なるほど。それは『孤狼の血』のような作品だからというのも大きいんでしょうね」

白石「そうかもしれません」

宇野「Vシネも含む、過去の東映作品以外からだと、やはり同時代の韓国のノワール系の作品を参考にするところが大きかった?」

白石「そうですね。そもそも現代の映画というところでいうと、日本では北野武監督の『アウトレイジ』シリーズぐらいしかないですからね。ただ、そうそうたる役者さんたちがみんな『アウトレイジ』に一度は出ちゃってるんで(苦笑)。役者さんの年代は若くしたとして、そこからいかに『アウトレイジ』的なイメージを刷新することが出来るのか?ということは意識しました」

宇野「今回、『アウトレイジ』にも出ている俳優さんって…」

白石「寺島(進)さんぐらいですね」

宇野「言われてみると、よくかぶらないでキャスティングできてますね(笑)」

白石「別に、そこまで無理にかぶらないようにしているわけじゃないんですけど(笑)。前作だと(石橋)蓮司さんが『アウトレイジ』にも出てましたね」

宇野「『孤狼の血 LEVEL2』に出演された役者さんたちのコメントを見てると『声がかかるの待ってました!』みたいなコメントばかりで。というか、そんなコメントを見るまでもなく、みんなスクリーンの中でほかの作品では見せないような活き活きした表情をしていて」

尾谷組の若頭として登場する斎藤工も、本シリーズへの出演を熱望した俳優の一人
尾谷組の若頭として登場する斎藤工も、本シリーズへの出演を熱望した俳優の一人[c]2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会

『孤狼の血 LEVEL2』より
『孤狼の血 LEVEL2』より[c]2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会

白石「みんな本当はこういう作品をやりたいんですよ」

宇野「これでお客さんもしっかり入ったら、全員が幸せになれる映画ですよね」

白石「1作目の『孤狼の血』を撮って以来、会う役者、会う役者、みんな『広島連れてってください』って言うんですよ。で、『そこまで言うんなら』ってオファーをしたら断られたりして」

宇野「え?どうして?」

白石「刑事の役だと断ってくる人もいるんですよ。『ヤクザじゃないならいいです』って。なんなんだよ、みたいな(笑)」

日岡を警察組織から排除したいと考えている捜査一課管理官の嵯峨(滝藤賢一)との攻防も
日岡を警察組織から排除したいと考えている捜査一課管理官の嵯峨(滝藤賢一)との攻防も[c]2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会

宇野「(笑)。白石監督としては、いま取り掛かってる『仮面ライダーBLACK SUN』とかも含めて、この先もいろいろなチャレンジが待っていると思うんですけど。現時点で、自分が目指してきた目標に少しずつ近づいている感覚はあるんですか?それとも、やっぱり一作一作って感じですか?」

白石「あくまでも一作一作ですけど、不思議なことに助監督時代や監督をやり始めた頃はあまり好きではなかった――好きじゃなくても観てはいましたけど――マーベル映画のような作品を日本でも作りたいという気持ちになっているんですよ。(仮面)ライダーをやらせてもらうのもそういう気持ちの変化からなんですけど、その先も、できるだけそこにつながるような作品をチョイスするようになっていて」

宇野「それは、エンタテインメント作品ということですか?」

白石「エンタテインメント作品ということでは、これまでも自分はずっとエンタテインメント作品を作ってきたという自覚があるんですけど」

宇野「そうですね」

白石「より客層を広げながら、エンタテインメント作品の中でどれだけ社会性のテーマを入れられることができるかっていう、そういうことを考えるようになりました。マーベルがやってることって、そういうことじゃないですか。いまの日本映画に最も欠けているのは、そういう作品だと思うので」

宇野「わかりやすく言うと、社会派エンタテインメントってことですよね。日本の場合、社会派作品は社会派に寄りすぎちゃう、もっと言うとイデオロギーに寄りすぎちゃうから」

白石「まさに、そういう問題意識です。どうやってエンタテインメントと社会性を両立できるかということにいまは興味があるというか」

宇野「ただ、アクションとかCGとかになると、日本のある程度予算をかけた映画って、逆に予算がかかってるからこそ、ハリウッドとの規模や技術の絶望的な差が露わになってしまうような作品が多いじゃないですか」

白石「多いですよね」

宇野「そのジレンマを乗り越えるアイデアがあるんですか?」

白石「現状、ないですね(笑)。『孤狼の血 LEVEL2』も、最後のカーチェイスのシーンとか、周りからはやめろやめろって言われたんですけど、無理くり入れて。予算もないなかでやってみたんですけど、やっぱり到らないところがいっぱいあって。でも、やってみないことには日本映画の現状がどこにあるのか見えてこないので。きっと今後、NetflixとかAmazonとかで日本の監督が企画をやり始めると、いろいろ変わってくるはずなんですよ。


例えばカーチェイスのシーンで、いままでの日本映画は、そのシーンに1億円かかるとして、それを7000万でやれ、5000万でやれ、とだんだん削減されてきた歴史なわけですけど、Netflixに『じゃあ1億円でやってください』って言われたら、もうなにも言い訳はできないわけで。『ワイルド・スピード』のようなカーチェイス・シーンを普通に日本映画にも求められる時代が、もう目と鼻の先に来ている。そこで『いや、ちょっとどうやって撮るのかわかんないんですけど』みたいなことは通じないわけで。だから、現場で試行錯誤しながら、いろんな情報も入れて準備をしておかないと、日本の実写映画は本当にまずいことになるんじゃないかって思いがあって」

“続編”のあり方について議論を交わす
“続編”のあり方について議論を交わす撮影/河内 彩

宇野「日本の実写映画がいろいろな岐路に立っているというのは、本当におっしゃる通りで。その一つの実践が、先ほども触れたリスペクト・トレーニングに代表される、撮影現場の勤務環境の改善でもあるわけですよね」

白石「そうですね」

宇野「でも、最初に聞いた時は、それをよりによって暴力だらけの『孤狼の血』シリーズでやるのかって(笑)」

白石「でも、『孤狼の血』みたいなインモラルな映画だからこそ、インパクトあるだろうなってことは考えました。もうね、本当に現場に若いスタッフがいないんですよ。カチンコを叩いているのが30代、40代っていうのが当たり前になってきちゃっているんで。本気で業界全体で改善しないと、作り手がいなくなりますよ。作家は出ても、それを支えるスタッフが全然いないんで。本当に危機的状況だと思います」

宇野「現場を改善するだけじゃなくて、外にアピールするのが重要っていう」

白石「そうです。監督に怒鳴られた助監督さんが病んじゃって業界やめましたとか、いまだに聞きますから。そういう人たちに対してメッセージを発したい。それと、映画業界に入りたいけど、勤務環境の話とかを聞いて、どうしようか悩んでいる若い人たちへのメッセージです」

宇野「でも白石監督自体は、怒鳴られてきたわけですよね?」

白石「怒鳴られてきたし、怒鳴ってきたこともあります」

宇野「自分の世代で、その負の連鎖を止めたい?」

白石「そうですね。ただ、これは監督の性格にもよると思うんです。日本にいるかどうかわからないですけど、(スタンリー・)キューブリックみたいな完璧主義者の人の現場では、そうもいかないこともあるっていうのは理解できるんです。僕はわりと適当というとあれですが、少々気になることがあっても撮影を先に進める性格なんです、そもそもが。だから、そういうことを言いやすいっていうのもあったと思います。それと、ありがたいことにいろんな作品をコンスタントに撮れているっていうことも重要で。これが3年や4年に一本だと、その一本で人生がどう変わるかわからないから、どうしたってできるだけ頑張っちゃう。ただ、そこでの頑張りと、現場のスタッフの生活は別のものなので、そこは変えていかないといけないですよね」

宇野「そういう意味でも、確実に数年おきに現場が再集合できる続編って重要ですね。キャリアがかかってる監督にとっても、生活がかかってるスタッフにとっても。シリーズものがうまくいけば、興業的にも読めるし、前作が一つの規範になっているから、効率的に作れるところもあるだろうし。なので、これからもなんとか『孤狼の血』シリーズを続けていただければと(笑)」

白石「いやあ、頑張りますよ。マーベルだって、ダメな作品もあったけど、それが積み重なって10年経ったらすごいところにいったじゃないですか。『X-MEN』シリーズだって、もう終わっちゃいましたけど、最後は『LOGAN/ローガン』みたいな傑作も生まれる。そうか、ヒュー・ジャックマン、こんなに年をとっちゃって…って(笑)」

ウルヴァリン役を演じた最後の作品となる『LOGAN/ローガン』(17)
ウルヴァリン役を演じた最後の作品となる『LOGAN/ローガン』(17)写真:Everett Collection/アフロ

宇野「それを松坂桃李さんで見たいですよ」

白石「本当にね。中年になった日岡も、やっぱりおもしろい映画になると思うんです。そういう続編のあり方って日本ではなかなか前例がないけれど、そこに可能性はすごくあるなって。だから、一つずつ成功例を積み上げていくしかないです」

『孤狼の血 LEVEL2』より
『孤狼の血 LEVEL2』より[c]2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会

取材・文/宇野維正


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