生まれ変わった問題作『アレックス』を鬼才、ギャスパー・ノエが語る!「『STRAIGHT CUT』の方が観客の心に与えるダメージは大きい…」

インタビュー

生まれ変わった問題作『アレックス』を鬼才、ギャスパー・ノエが語る!「『STRAIGHT CUT』の方が観客の心に与えるダメージは大きい…」

「心理変化というよりは、完全にぶっ飛んだ状態だった」

怒り狂うマルキュスに対し、アレックスを気づかうピエールの言動は冷静に映る。それだけに、彼が殺人を犯してしまうという結末は、本作における不条理さの象徴にもなっている。その行動原理を読み解こうとしても不可解さを禁じ得ないが、ノエは「完全に飛んでいたから」とばっさり切り捨てる。

「冷静に見えるピエールもアルコールやドラッグを摂取しているので、正常な状態と言えません。そんな時に、(別れたあとも)愛していたアレックスが襲われたのです。アドレナリンは全開になり、自分自身をコントロールできるわけもなく、ああいう行動に走ってしまった。心理変化というよりは、完全にぶっ飛んだ状態だったのです」

ピエールはいまもアレックスへの未練を抱えている
ピエールはいまもアレックスへの未練を抱えている[c] 2020 / STUDIOCANAL - Les Cinémas de la Zone - 120 Films. All rights reserved.

続けて、ドラッグが人体に及ぼす影響や恐ろしさも生々しく教えてくれた。「『CLIMAX クライマックス』をご覧になられているかはわからないのですが、(ドラッグを摂取すると)この作品のようにクレイジーな状態になってしまいます。実際、私の事務所の前で麻薬中毒者を見かけたことがあるのですが、本人も自分がどこにいるか理解できていない様子で、本当に人を殺しかねない雰囲気でした。ドラッグの作用によって、人は過激な暴力を可能にしてしまいます。本当に恐ろしいことだと思います」

誤ってLSDを摂取したダンサーたちによる阿鼻叫喚の地獄絵図『CLIMAX クライマックス』
誤ってLSDを摂取したダンサーたちによる阿鼻叫喚の地獄絵図『CLIMAX クライマックス』写真:EVERETT/アフロ

「トンネルでのシーンを撮影している時に通行人はいませんでした」

本作では、アレックスやマルキュス、ピエールに起きた出来事を通して、誰もが悲劇の被害者になり、加害者にもなり得ることに警鐘を鳴らしている。しかし、日常生活でそのことを意識することは難しく、日々のニュースで報道される事件に対して、自身とは無関係なものだと捉えがちだ。アレックスが暴行を受けているシーンには、画面の奥で通行人が事件を目撃するがすぐに引き返してしまう様子が収められており、このことを如実に表している。

「実は、トンネルでのシーンを撮影している時に通行人はいませんでした。すべてのシーケンスを撮り終わったあと、たまたま人が通りかかったので、それを撮ってほしいとアシスタントに頼んでインサートしています。以前、日中のパリで、しかも大通りで女性が暴行されたという痛ましい事件がありました。その時、目撃者がたくさんいたにもかかわらず、誰も警察に通報しなかったと聞いて、私も父も大きなショックを受けました。これがアルゼンチンなら当然誰もが警察に通報しますし、近くにいた人たちが犯人をやっつけてしまうかもしれません。この記憶が脳裏をよぎり、通行人を映し込ませることにしたのです」

『STRAIGHT CUT』では、観客がアレックスを身近に感じている最中に惨劇が起こってしまう
『STRAIGHT CUT』では、観客がアレックスを身近に感じている最中に惨劇が起こってしまう[c] 2020 / STUDIOCANAL - Les Cinémas de la Zone - 120 Films. All rights reserved.

「あれだけ近い距離でナオンを撮影できたことは、本当に思い出深い経験だった」

反響的にも、20年の時を経て『STRAIGHT CUT』が作られたという意味でも、『アレックス』は監督、ギャスパー・ノエを語るうえで重要な1本。本作以降の作品にはどのような影響を与えたのだろうか?

「『アレックス』は『エンター・ザ・ボイド』と同時期に生まれた物語で、どちらかというと先に書き始めていた『エンター・ザ・ボイド』のビジュアルビジョンが『アレックス』に影響を与えたと言えるかもしれません。ただ、公園のシーンとレクタムの外観を映したシーンはクレーン撮影をしていて、その撮影手法は『エンター・ザ・ボイド』に発展させた形で活きています。『CLIMAX クライマックス』の冒頭映像でも活用されていますね」

TOKYOを舞台にしたサイケデリックな輪廻転生物語『エンター・ザ・ボイド』
TOKYOを舞台にしたサイケデリックな輪廻転生物語『エンター・ザ・ボイド』写真:EVERETT/アフロ

撮影手法で言えば、登場人物をぐるぐると至近距離からなめるように映すカメラワークも特徴的だ。自身で撮影も行うノエは、この話題になると元肉屋の男を演じたフィリップ・ナオンへの想いに言及した。オリジナル版では冒頭に、『STRAIGHT CUT』ではラストに登場し、ほぼ全裸の状態で「時はすべてを破壊する」という意味深な言葉を放っている。

「ハエが飛び回っているようなあのカメラワークは、登場人物の心情を反映させようとしていて、ナオンのシーンでも活用しています。実は昨年、彼は新型コロナウイルスに感染して亡くなりました。『カルネ』と『カノン』に続いて、本作でもあれだけ近い距離で彼を撮影できたことは、本当に思い出深い経験だったなといまは感じています」

『カノン』より、『アレックス』で「時はすべてを破壊する」という意味深な言葉を放つフィリップ・ナオン
『カノン』より、『アレックス』で「時はすべてを破壊する」という意味深な言葉を放つフィリップ・ナオン写真:EVERETT/アフロ

最後に、『STRAIGHT CUT』が日本でも公開となったいま、オリジナル版と合わせてどのように本作を観客に受け止めてほしいかと聞いてみた。

「オリジナル版を知らない若い世代には、『STRAIGHT CUT』を観たらすぐにオリジナル版を観てほしい。そしてオリジナル版を知っていて『STRAIGHT CUT』を観てくれる方にも、『STRAIGHT CUT』を観たらすぐにオリジナル版を観てもらいたいです。2作品を比べると中身はほとんど同じなのに受ける印象も感情も違うので、まったく別の映画に仕上がっている様を確認してほしい。ソフト化される際はオリジナル版と『STRAIGHT CUT』の2枚組で発売されたらうれしいですね!」

「同じ映像素材なのに、時系列を変えただけで、それぞれの人物像、観客が受ける印象に違いがある」
「同じ映像素材なのに、時系列を変えただけで、それぞれの人物像、観客が受ける印象に違いがある」[c] 2020 / STUDIOCANAL - Les Cinémas de la Zone - 120 Films. All rights reserved.

取材・文/平尾嘉浩

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