エドガー・ライトが語る、『ラストナイト・イン・ソーホー』に込めた60年代ロンドンへの“憧憬”

インタビュー

エドガー・ライトが語る、『ラストナイト・イン・ソーホー』に込めた60年代ロンドンへの“憧憬”

ジャンル映画ファンにとってこれほど新作が楽しみな監督もそういないだろう。エドガー・ライト。1974年生まれ、現在47歳の彼が最新作『ラストナイト・イン・ソーホー』(12月10日公開)で取り上げるのは、自身、並々ならぬ思い入れを持つと語る1960年代英国カルチャー。現代と1960年代、2つの時代を舞台に、2人の女性の精神と記憶がシンクロするサイコ・スリラーで、これまでコメディが多かったライトとしては異色の、シリアスでダークな作風だ。

「『ティファニーで朝食を』を選んだ理由は、ロマンティックだけどダークな部分もあるからです」

劇中に大量のパロディやオマージュを盛り込んで映画マニアを歓喜させてきたライトだが、『ラストナイト・イン・ソーホー』においては引用のための引用を避け、なによりもまずストーリーテリングに重きを置いている。それはオープニングのある描写にも端的に現れている。トーマシン・マッケンジー扮する主人公エロイーズの部屋には、『ティファニーで朝食を』(61)と『スイート・チャリティ』(69)の2枚の映画ポスターが飾られているのだ。

「エロイーズは60年代が大好きですからね。ただ、この2本を選んだのには理由があるんです。どちらもロマンティックな名作として知られているけど、その反面、ダークな部分もある。『ティファニーで朝食を』のオードリー・ヘップバーンは囲われた愛人のような役柄、『スイート・チャリティ』のシャーリー・マクレーンはキャバレーの踊り子。過去をロマンティックに美化することがいかに危険か、というのは『ラストナイト・イン・ソーホー』のテーマの一つでもあり、この2作はそれを表すのにピッタリだったんです」。

歌手になりたいサンディはジャックと出会ったことで、夢に向けて踏みだすが…
歌手になりたいサンディはジャックと出会ったことで、夢に向けて踏みだすが…[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED


一瞬しか映らない小道具の一つ一つにも意味が込められている。それがエドガー・ライトの映画なのだ。もうひとつ、おもしろいトリビアを。本作には“インフェルノ”という名のバーが登場する。エロイーズが“ハロウィン”の夜に男友達と訪れる、と聞けばホラーファンはニヤリとするに違いない。

「“インフェルノ”の文字は、まさにダリオ・アルジェントの『インフェルノ』と同じフォントを使ってるんですよ(笑)。撮影では、外観と屋内で2つの違うバーを使ったんですが、どちらも偶然、炎に関係のある燃えやすそうな名前だったので、“インフェルノ”にしたんです」。

「僕もエロイーズと同じく、1960年代に愛着があります」

そんなお遊びもあれば、時代設定のための真面目な引用もある。本作では特に「007」シリーズ関連が多い。エロイーズが初めて60年代にタイムスリップした時、劇場には『007/サンダーボール作戦』(65)の看板が掲げられているし、ダイアナ・リグ、マーガレット・ノーランといった「007」のキャストも出演している。

「007」へのオマージュが数々。「007」の出演者に当時の話を聞けたのが最高の気分というエドガー・ライト監督
「007」へのオマージュが数々。「007」の出演者に当時の話を聞けたのが最高の気分というエドガー・ライト監督[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

「それは、60年代の雰囲気を喚起するためです。あとボンドと言えば、ヴェスパーというイアン・フレミングが『007 カジノ・ロワイヤル』で生みだしたカクテルがあるので、カクテルを頼むシーンも『007』オマージュと言えますね。マーガレットとダイアナは確かにボンドとつながりがあるけど、意図していない偶然です。本作では、テレンス・スタンプ、リタ・トゥシンハム、ダイアナ・リグら60年代のアイコンと呼べる人たちをキャスティングできました。彼らに出演してもらったのは、この時代の空気感をつくりたかったから。僕もエロイーズと同じく、あの時代に愛着があります。だから、彼らに当時の映画の現場がどうだったか質問できて、最高の気分でした」。

そう、ライト監督が語るように、エロイーズは彼の分身でもあるのだ。

1960年代にハマるエロイーズ役を演じるトーマシン・マッケンジー
1960年代にハマるエロイーズ役を演じるトーマシン・マッケンジー[c] 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

「エロイーズが60年代にハマっているのは、祖母と一緒に暮らしていて、彼女のレコードコレクションを聴きながら育ったから。僕もそうでした。僕は1974年生まれだけど、親が持ってるレコードは60年代のものが多く、それらが常に家に流れていました。だから、家の中で60年代という時代の存在感が大きかったのかもしれません。それに、60年代というのは20世紀のなかでもっとも多くの人が語る、あるいは議論している時代だとも思います。僕自身、20歳の時にロンドンに引っ越したんですが、特にソーホーの建築は60年代とあまり変わっていないんです。レストランやバーなどが変わっても建築自体は変わらず残っているから、どうしてもあの年代に思いを馳せてしまうというのもあるかもしれません」


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