エドガー・ライトが語る、『ラストナイト・イン・ソーホー』に込めた60年代ロンドンへの“憧憬”
「観た人がCGを使っていないんだ!と驚いてくれたらうれしいです」
それにしても、夢のなかで2つの時代を行き来する本作の独創的な構成は、どのようにして思い付いたのだろう。
「僕はマイケル・パウエルやヒッチコック、マリオ・バーヴァ、ダリオ・アルジェントの初期のジャッロ作品などが大好きなんですが、例えば『殺しのドレス』や『フレンジー』、アルジェントの映画などは、いまの時代つくりにくいタイプのものも多いですよね。でも、それらを女性の視点から描くことで再構築できるのでは、と思いました。さらに本作は、60年代英国のドラマ系の作品、ジョン・シュレシンジャーの『ダーリング』や、エドモンド・T・グレヴィルの『狂っちゃいねえぜ』などにも影響を受けています。これらとタイムトラベル・ストーリーをミックスできないかと考えたんです。60年代は、夢を抱いてロンドンにやって来た女の子がスターになろうとして逆に罰せられる、といったストーリーの映画が多かった。そういった物語の2つのバージョン――現代と60年代で同じ道程を歩むストーリーをひとつの映画でやったらおもしろいんじゃないか、というのが本作の発想の原点なんです」。
自身が大好きな映画を巧みにリミックスして唯一無二の作品をつくり上げるエドガー・ライト節は、本作でも健在なのだ。そして、「一体どうやって撮ったの?」とあれこれ詮索したくなるトリッキーな映像演出も、彼の映画を鑑賞する際の楽しみの一つだ。『ラストナイト・イン・ソーホー』では特に、エロイーズが初めてサンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と出会う「Cafe de Paris」での鏡を使ったシーンが印象的だ。エロイーズとサンディが鏡越しに入れ替わったり、ダンス中に2人が入れ替わったりと、撮影はかなり複雑そうだが…。
「どんなふうに撮ったか、いまはまだ種明かしはしません(笑)。もしかしたらDVDの映像特典まで秘密にしておくかも…。元々、こういった複雑な鏡のエフェクトを使った映像を撮りたいとずっと思っていたんですよ。鏡を見ると自分とは違う誰かが映っていて、その誰かを通じて色んな物事を経験する、という夢を見ることがよくあって、そこからアイデアが浮かんできました」
驚くべきはこのシーン、ほとんどVFXを使っていないのだという。
「皆さんが思う以上に、アナログな手法で撮影しています。トーマシンとアニャはあの場で実際に鏡をはさんで立っていましたし、モーションコントロールもグリーンスクリーンも一切使っていません。“実際に撮影した”と言うだけで、どれだけのトリックを駆使したかは察してもらえると思います。準備中も、色んな時代の映画の、鏡を使った素晴らしい撮影を観ながら、『こういうふうに撮ったのかな?』と考えるのは楽しかったです。このシーンを観た人が、CGを使っていないんだ!と驚いてくれたらうれしいですね」
常に異なるジャンルを扱いつつ、テーマ、音楽、映像表現などあらゆる面において我々を驚かせてくれるエドガー・ライト。今後は、自身初の音楽ドキュメンタリー『The Sparks Brothers』の公開、そしてディストピアSF『バトルランナー』(87)のリメイクが控える。英国きっての鬼才監督の快進撃はまだまだ続きそうだ。
取材・文/西川亮