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デジタルの作品を、あえてアナログに!『映画大好きポンポさん』フィルム化が目指した、真の“意義”とは

コラム

デジタルの作品を、あえてアナログに!『映画大好きポンポさん』フィルム化が目指した、真の“意義”とは

サウンドネガの在庫危機

フィルムに絵がプリントされているのは目視でわかるとして、音はどのように記録されているのかと言えば、「光学録音」という方式で収録されている。上映用プリントをよく見ると、パーフォレーション(フィルムの縁に開けられている送り穴)周辺に模様のようなものが確認できるが、映写機のサウンドヘッドがこれに光線を当てて読み取り、その信号が音に変換される仕組みだ。1本のフィルムには複数の音声方式が同時に記録されているため、このスペースは常に「場所の取り合い」状態である。

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その上映用プリントを作る前段階としてサウンドネガを作るわけだが、実は現在、国内でサウンドネガ制作を通常業務としている会社は1社もない。Imagica EMSも同様。最後まで制作していたのは東映ラボ・テックだが、今年になって作業を終了して途絶えた。しかし松尾は、東京現像所がテスト的にサウンドネガ制作を行っていることを聞きつける。2021年に公開が決まっていた日本映画作品でサウンドネガを制作していたのだ。

松尾の電話を受けたのが、東京現像所・営業企画室の濵野もも。問合せがあった当時はまだテスト段階ではあったものの、社内にサウンドネガを作る体制は整えられる。ただ問題があった。サウンドネガの生産が世界的に縮小しているのだ。つまり、技術者はいてもモノがない。濵野は振り返る。

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「サウンドネガはアメリカのコダック社から取り寄せるのですが、同社が1回のロットで製造する量は決まっています。しかも、そのロットが完全になくなってからしか、次のロットは製造しない。松尾さんから連絡を受けて問い合わせたところ、現状の在庫がかなり少なくなっており、いますぐ発注してもらわないと次はいつ製造するかわからないと言われました。とは言え、プロジェクトが目標達成してからでないと発注はできません」。やきもきしながら推移を見守り、達成と同時に即発注。なんとか間に合った。

意外な難所「ロール分け」

サウンドネガを作成する工程において、東京現像所が次に直面した難問が「ロール分け」だ。上映用プリントフィルムは、長いフィルムが巻かれた状態で1巻(1ロール)だが、最長でも20分程度しかない。つまり1本の映画は数本のロールで構成されているため、上映中にそれらを素早く交換する必要がある。フィルム上映の映画を観ていると、時おり画面右上に小さな黒丸(パンチマーク)が表示されるが、これはフィルム交換(ロールチェンジ)のタイミングを映写技師に知らせるもの。つまり、フィルム上映の映画は上映中に数回は“途切れている”。

画だけなら、フィルム交換はカットのつなぎ目でやればほとんど気にならない。しかし、カットのつなぎ目をまたいで音が鳴り続けていれば、その途切れはものすごく気になってしまう。つまり、フィルム交換タイミングは「無音」のシーンであることが望ましい。ところが…。

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「『ポンポさん』はかなり音を重ねた作りなので、切れ目がないんです。セリフのない箇所であっても、なんらかの音が鳴り続けているシーンが多い。どこでロールを分けるかがとても難しかったと思います。最終的にはミキサーを担当されたスタジオマウスの担当の方が見事に分けてくれました」と濵野。

フィルム上映が前提だった時代は、制作の段階で“ロール分けを意識した編集”を施すのが常だったが、『ポンポさん』を含めDCP上映を前提としている昨今の作品に、そのような発想はない。デジタルプロセスしか知らない製作者にとっては、想像もつかない配慮が必要だったのだ。

そうして出来上がったサウンドネガには、5.1チャンネルのドルビーデジタルと4チャンネルのドルビーステレオSR、2方式の音声が収録された。通常はデジタルで再生され、アナログのSRはトラブルがあった場合のバックアップ用である。この出来栄えに濵野は驚愕したという。「デジタルは普段から聴き慣れていましたが、SRを聴いた時の再現度がすごかったんです。デジタルより落ちるはずなのに、あまりに良くて。だから映写技師に確認したんですよ。『間違えてデジタルかけてないですか?』って(笑)。それくらい凄まじい技術でした」。

プリントでしか観られない作品は多い

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[c]2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/映画大好きポンポさん製作委員会

東京都立川市の映画館「シネマシティ」では、『ポンポさん』公開翌月の2021年7月、「ポンポさんプロデュース企画」と称して『セッション』と『タクシードライバー』の極上音響上映を行った。原作コミックでポンポさんとジーン君が「好きな映画」として挙げている2作である。このように『ポンポさん』と縁深い同館は、35mmプリント(フィルム)上映を定期的に行っている館としても知られている。実は『タクシードライバー』もフィルム上映だった。

35mmプリントで上映するには、当然ながらフィルム映写機が必要だ。ただ、維持やメンテナンスには手間がかかるうえ、扱える映写技師も常駐させておかなければならない。端的に言って、DCPに特化したほうがコストがかからないのだ。にもかかわらず、なぜシネマシティはフィルム上映設備を整えておくのか。同館の椿原敦一郎(番組編成部・部長)によれば、「35mmプリントでしか観られない作品が、日本映画にはまだたくさんあるから」だという。

古い映画を単に「観る」だけなら、DVDやBlu-ray Disc、あるいは配信などを利用すればいい。また、プリントが現存しない場合でも、Blu-ray Discに収録された本編をプロジェクタでスクリーンに映して興業できる場合もある。しかし、配給会社がフィルム上映しか認めていない作品は、プリントが現存していない限りスクリーンで観ることはできない。

シネマ・ワン外観

先述したように、フィルム上映が可能な劇場は国内で減る一方だが、東京は比較的残っている稀有な場所だと椿原は言う。実際、阿佐ヶ谷「ラピュタ阿佐ヶ谷」、池袋「新文芸坐」、「神保町シアター」など、定期的にフィルム上映で興業を行っている館がいくつもある。

『ポンポさん』の35mmフィルム上映は、12月17日(金)の新文芸坐でのレイトショー、18日(土)のオールナイト上映を手始めに、2022年にはシネマシティほかで順次公開を予定している。ただ、椿原はフィルムとDCPで画質がどう違うといった話は好まない。観比べてどうのといった能書きを垂れることに、あまり意味を見出さないのだ。代わりに、以下の話が印象に残った。

「プリントはあちこちの映画館にたらい回しにされると、どんなに丁寧に扱われても少しずつダメージを受けるんです。だから『このプリントはかなり“仕事”してますね』なんて会話を映写技師さんとよく交わすんですよ」。

こうして聞くと、フィルムには経年劣化がついて回るように思えるが、そうではない。オリジナルネガさえ現存していれば、上映用のプリントは何本でも焼ける(複製できる)からだ。それを言ったらデジタルデータの方が非劣化で無限にコピー可能では?と言いたくなるが、石田によれば「そうとも言い切れない」のだという。

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「デジタルデータはハードディスクに保存するか、LTO(Linear Tape-Open)という磁気テープ媒体に保存しておきますが、新しい規格が生まれ出てくるデジタルの世界では、データが将来的にちゃんと読めるかどうかは予想ができません。一方のフィルムは、映画の長い歴史のなかで数十年レベルの保存方法が確立されているという点で、デジタルに一歩リードしています」。

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