『ピアノ・レッスン』から『パワー・オブ・ザ・ドッグ』へ…ジェーン・カンピオン監督の唯一無二の豊かな感性
カンピオンが描き続ける、内なる抑圧、孤独といったテーマ
その後もカンピオンは、ニコール・キッドマン主演の文芸映画『ある貴婦人の肖像』(96)、メグ・ライアン主演のサイコ・スリラー『イン・ザ・カット』(03)、19世紀の詩人ジョン・キーツとその恋人の悲恋ドラマ『ブライト・スター ~いちばん美しい恋の詩(うた)~』(09)などを発表するが、長いブランクに突入してしまう。それ以降に手がけた作品は、英国のTV向けミステリー・シリーズ「トップ・オブ・ザ・レイク ~消えた少女~」(13)、「トップ・オブ・ザ・レイク ~チャイナガール 」(17)だけである。
そんなカンピオンが映画界の表舞台に帰ってきた『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、トーマス・サヴェージの同名小説の映画化。これまで女性主人公の視点でストーリーを語り、女性のセクシュアリティーを色濃く作品に投影させてきたカンピオンが、初めて“男の世界”である西部劇に挑戦した。しかし伝統的な西部劇とはまったく異なるテイストの仕上がりで、ベネディクト・カンバーバッチ扮する威圧的で“男らしい”牧場主の内面に渦巻く複雑な葛藤、そして衝撃的な秘密をあぶり出す心理劇になっている。
モンタナの大自然のまっただなかで暮らすカウボーイたちの営みをリアルかつ細やかに描きながら、映像と音の力によって詩的な美しさ、不穏な気配を表現してみせる演出力はカンピオンならでは。主人公の性別は違えども、内なる抑圧、孤独といったテーマは、『エンジェル・アット・マイ・テーブル』などに通じる面もある。ここで紹介したカンピオンの過去作を未見の人は、ぜひとも『パワー・オブ・ザ・ドッグ』をきっかけとしてフィルモグラフィーをさかのぼり、その唯一無二の豊かな感性に触れてほしい。
文/高橋諭治
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