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『ピアノ・レッスン』から『パワー・オブ・ザ・ドッグ』へ…ジェーン・カンピオン監督の唯一無二の豊かな感性

コラム 2022/3/20 15:30

『ピアノ・レッスン』から『パワー・オブ・ザ・ドッグ』へ…ジェーン・カンピオン監督の唯一無二の豊かな感性

先の2月8日に発表された第94回アカデミー賞ノミネートで、最多11部門12ノミネートを果たした『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。その中に“懐かしい”名前があった。監督を務めたジェーン・カンピオンである。すでにベネチア映画祭で銀獅子賞(監督賞)に輝き、ゴールデン・グローブ賞では、ドラマ部門作品賞、監督賞、助演男優賞の3冠を獲得している同作は、カンピオンにとって12年ぶりの長編映画。さらには彼女自身が作品賞、監督賞といった主要部門でアカデミー賞レースに絡むのは『ピアノ・レッスン』(93)以来、実に29年ぶりなのだ。

アメリカ映画協会(AFI)による「文化的、芸術的にもっとも重要な業績を成し遂げた」作品に選出された
アメリカ映画協会(AFI)による「文化的、芸術的にもっとも重要な業績を成し遂げた」作品に選出された写真:EVERETT/アフロ

カンピオンの名前にすぐさま反応するのは、かつてのミニシアター隆盛期に足しげく劇場に通った映画ファン、おそらく40代半ばから上の世代だろう。1980年代から1990年代半ばにかけての日本のミニシアターでは、欧米やアジアの知られざる刺激的な映画が次々と紹介された。とりわけテオ・アンゲロプロス、ヴィム・ヴェンダース、ヴィクトル・エリセ、ジム・ジャームッシュ、ホウ・シャオシエンらの作品を配給したフランス映画社の“BOW(バウ)シリーズ”は、ミニシアター界のトップレーベルだった。そのBOWシリーズの1本として1991年の夏に東京都内で封切られたのが、カンピオンの劇場長編第2作『エンジェル・アット・マイ・テーブル』(90)だ。

繊細で鋭敏なジャネットの、少女から思春期、大人になるまでを描いた『エンジェル・アット・マイ・テーブル』
繊細で鋭敏なジャネットの、少女から思春期、大人になるまでを描いた『エンジェル・アット・マイ・テーブル』写真:EVERETT/アフロ


公開当時はニュージーランド映画がまだ珍しく、女性監督も今よりはるかに少なかったが、『エンジェル・アット・マイ・テーブル』が注目された理由は、何よりその鮮烈な作風にあった。ニュージーランドの作家ジャネット・フレイムの自伝的小説に基づくこの映画は、鳥の巣のようにモジャモジャの赤毛が特徴的な女の子、ジャネットの成長物語。多感な少女時代を送ったジャネットは、作家を夢見て教職を志すが、極端に内向的な性格が災いして精神病院に入れられてしまう。そこで幾度となくショック療法を受けるはめになるが、それでもジャネットは言葉を紡ぎ続け、ついに類いまれな文才を認められることに…。

ジャネットの幼少期、思春期、成人期の3章で構成されるこの映画は、無垢で不器用な文学少女がコンプレックスや世間の偏見に苦しみながらも作家への道を踏み出していく姿を、リリカルに、時に残酷に映し出す。ジャネットの視点で切り取られたニュージーランドの海辺や森の風景が彼女の繊細な内面と共鳴し、終始観る者の胸をざわめかせる希有な青春映画だった。ヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞を受賞したカンピオンは一躍脚光を浴び、日本での興行もロングラン・ヒットとなった。

ベネチア映画祭審査員特別賞ほか多くの映画賞に輝いた『エンジェル・アット・マイ・テーブル』
ベネチア映画祭審査員特別賞ほか多くの映画賞に輝いた『エンジェル・アット・マイ・テーブル』写真:EVERETT/アフロ

続いてカンピオンは、ホリー・ハンター、ハーヴェイ・カイテルらの実力派キャストと組んだ官能的な恋愛映画『ピアノ・レッスン』で再び世界中を驚かせた。物語は19世紀半ば、口のきけない女性エイダが幼い娘フローラを伴い、写真花嫁としてスコットランドからニュージーランドにやってくるところから始まる。ところが夫のスチュアートは、エイダが持参したピアノを原住民のマオリ族に同化した野卑な男ベインズの土地と交換してしまう。大切なピアノを取り戻したいエイダは、引き換えの条件としてベインズにピアノを教えることになる。

【写真を見る】1台のピアノを介して、言葉の不自由な女性が愛に目覚めていく『ピアノ・レッスン』から早29年
【写真を見る】1台のピアノを介して、言葉の不自由な女性が愛に目覚めていく『ピアノ・レッスン』から早29年写真:EVERETT/アフロ

ここでもカンピオンは荒々しい海、未開のジャングルといった自然の情景を余すところなくカメラに収め、エイダとベインズの“秘密のレッスン”が背徳的な情事に変容していく様を描出。マイケル・ナイマンの情感あふれるスコアをフィーチャーした映像世界は、より深みを増して風格さえ漂わせ、カンヌ国際映画祭で女性監督初のパルムドールを受賞。米アカデミー賞でも1976年のリナ・ウェルトミューラー(『セブン・ビューティーズ』)以来、女性監督として史上2人目の監督賞ノミネートを果たした。

『ピアノ・レッスン』で、アカデミー賞監督賞にノミネートされたほか脚本賞に輝いた
『ピアノ・レッスン』で、アカデミー賞監督賞にノミネートされたほか脚本賞に輝いた写真:EVERETT/アフロ