夫婦愛か、ホラーか、コメディか?斬新な“不倫映画”『先生、私の隣に座っていただけませんか?』が仕掛ける巧みな罠
ドロドロでも教訓話でもない、“不倫映画”の概念を覆す変化球
映画の序盤、俊夫と千佳の仲睦まじい会話を見つめる表情。あえて2人きりにさせ、様子をうかがおうとためらいがちにドアノブに手を伸ばす動作。そして携帯電話を借りて千佳に電話を掛けるなど、様々な“罠”を張り巡らす佐和子と、ひとつひとつにうろたえる俊夫の反応。それだけで俊夫と千佳が不倫していること、佐和子がそれを確信していることが観客に示されていく。
“不倫”を題材にした映画といえば、古くから女性の自立を象徴させる要素として扱われたり夫婦の絆へと帰結させるための一種のスパイス的役割を果たしたりなど、様々なかたちがある。『マディソン郡の橋』(95)や『花様年華』(00)のような名作も数多く生まれ、日本では『失楽園』(97)を皮切りに『セカンドバージン』(11)や『昼顔』(17)など社会現象を巻き起こす作品も少なくない。しかしながら倫理的に許されない行動ゆえ悲劇的な結末を迎えることも多く、なかなか明るいテイストの作品は生まれづらい傾向にあった。
しかし本作でメガホンをとった堀江貴大監督は、「不倫=どろどろしたものという印象が強いなかで、自分が手掛けるならシリアスだがコメディ色もある不倫モノを描きたいと思っていた。不倫が悪だという教訓話を作りたいわけではなく、“夫婦の攻防戦”を見せたいという思いがありました」と、初めから従来の“不倫映画”のイメージを覆すタッチを意図していたことを明かす。
その言葉通り、序盤に描かれる見るからに怪しい反応や、佐和子の不倫を疑いだしてからも自らドツボにハマってしまいそうになりながらもがき苦しむ俊夫の姿が、本作のユニークさを増幅させていく。そして佐和子と同じ視点に立ちながら俊夫の不倫を疑っていた観客は、彼が明らかな“クロ”だと分かった直後に視点の移動を促されることになる。今度は漫画のネームを見る“不倫夫”である俊夫の視点から、佐和子と新谷の恋が創作なのか現実なのかに頭を捻ることになる。この変化球に次ぐ変化球の重層的な構造が、本作にミステリー的な空気を与えていく。
価格:5,170円(税込)、4,180円(税込)
販売元: KADOKAWA/角川書店