どのポアロも魅力的!アガサ・クリスティの傑作「ナイルに死す」映像化で比較する、3者3様のポアロ
公開中の『ナイル殺人事件』は、アガサ・クリスティ原作の中でも、名探偵エルキュール・ポアロの推理が冴えわたる名作である。殺人事件の巧妙なトリックで知られるが、舞台がエジプトで観光名所の遺跡が数多く登場。ポアロも灼熱の太陽の下、いつもと違ってかなり行動的になったりするので、ビジュアル的に映像化にふさわしい。
1978年の映画、2001年のテレビシリーズのドラマ、そして2022年の今回の映画と、アガサ・クリスティによる「ナイルに死す」は3本の作品として映像化されている。エルキュール・ポアロ役も、もちろん別の俳優によって演じられており、それぞれの特徴を比べることで、作品のおもしろさも広がっていく。
1978年のジョン・ギラーミン監督『ナイル殺人事件』での、ポアロ役はピーター・ユスティノフ。『ナイル〜』の後、『地中海殺人事件』(82)、『死海殺人事件』(88)、さらにテレビ映画3本(85〜86)でポアロを演じ、長年の映画ファンには、エルキュール・ポアロでこの人をイメージする人も多い。ユスティノフはアカデミー賞で助演男優賞を2度受賞した名優で、脚本家や監督としても活躍した才人だ。
ただし、このユスティノフのポアロは、原作のイメージとはかなり違う。重量感のあるボディで、どこか人懐っこい笑顔もみせる。ポアロのトレードマークである口髭も銀髪が混じり、じつにナチュラル。両端のカールがかわいい!?そしてなによりユーモアが自然に身についており、観ているわれわれにも親近感を与える。歴代ポアロ俳優の中でも、容疑者たちが心を許してしまう度合いは高く、『ナイル〜』でも重要人物のジャクリーンやリネットの本心を、ユスティノフのポアロは包容力をもって受け止めている印象だ。
続いてテレビドラマ「名探偵ポワロ」シリーズ(ドラマ版はポワロと表記されている)でポアロを演じたのが、デヴィッド・スーシェ。短編も含めて全70作にポアロとして登場しただけあって、役との一体化は群を抜いている。1989年から2013年にわたるポアロ役で、「ナイルに死す」(シーズン9・第3話)は2004年の作品。完全にスーシェがポアロになりきっていた時期でもあった。
その実績から、歴代のポアロ俳優の中で最も原作に近いとされるスーシェ。きちんと手入れされ、はね上がった口髭や、卵型の頭は、アガサ・クリスティの記述どおり。ちなみに「名探偵ポワロ」シリーズが始まる以前の1985年、ピーター・ユスティノフがポアロを演じたTV映画「エッジウェア卿殺人事件」に、スーシェは警部役で出演したという縁もある。
そして最新作『ナイル殺人事件』でポアロを演じたのは、ケネス・ブラナー。2017年の『オリエント急行殺人事件』に続いて、自ら監督を務め、2度目のポアロ役ということで、余裕も感じられる。ユスティノフやスーシェと比べても、明らかに立派な口髭、さらに2人にはない口の下の髭まで、すっかりブラナーの顔にフィットした印象。シェイクスピア俳優としても知られるブラナーだけあって、そのセリフ回しは英国伝統の舞台俳優のようでもあり、シェイクスピア、アガサ・クリスティと、英国の誇る2大文学に同時にリスペクトを捧げているようでもある。