エドガー・ライトが憧れたミステリアスなバンドって?『スパークス・ブラザーズ』&『アネット』のクリエイティビティに迫る

コラム

エドガー・ライトが憧れたミステリアスなバンドって?『スパークス・ブラザーズ』&『アネット』のクリエイティビティに迫る

レオス・カラックス監督作『アネット』で映画音楽の夢を実現!

一方で、メイル兄弟は大の映画好きで、映画音楽の分野にも進出したいと考えていた。が、70年代に進めていたフランスの名匠ジャック・タチとの仕事に挫折。90年代初頭にはティム・バートンによる日本の漫画「舞」の映画化プロジェクトに深く携わっていたが、こちらもバートンが降板したことで実現することはなかった。

スパークスが脚本とサントラを手掛けたロックオペラ『アネット』
スパークスが脚本とサントラを手掛けたロックオペラ『アネット』[c] 2020 CG Cinéma International / Théo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinéma / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Télévisions belge) / Piano

それでもスパークスの創作活動は止まらない。21世紀以降もアルバムを発表し続け、2015年にはフランツ・フェルディナンドとの共演アルバム「FFS」をリリース。これにより、若いファンがスパークスに注目するようになる。コロナ禍でもアルバムをリリースし、一方では『ポンヌフの恋人』(92)の鬼才レオス・カラックスの新作『アネット』(公開中)の創作の基盤を提供し、映画製作の夢もついに叶えた。それはひとえに、メイル兄弟が自身のビジョンを貫き続けたからできたこと。売れる・売れないに囚われず、常に自分たちのやりたいことを追い求めた結果だ。アーティストとしてあるべき、そんな姿勢を浮かび上がらせた点に、『スパークス・ブラザーズ』の感動の要素が宿る。

エドガー・ライト本人が“いちファン”として劇中に登場

しかし、本作は単に“泣かせる”映画ではない。そもそもスパークスはどのアルバムにもユーモアを込めてきた。過去25枚のアルバムジャケットのデザインにしてもロックバンドの勇ましさとは無縁で、時にはコミックバンドと思わせるようなものもあった。エドガー・ライトが共鳴したのは、まさにこの部分。『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04)で映画監督としてデビューして以来、彼はマニアックなネタに基づくジョークを映画のなかに頻繁に取り入れてコメディを演出してきた。同時に、劇中使用曲で大のロックファンであることを表明してきた。『スパークス・ブラザーズ』に惜しみなく愛情を注いだのは、そういう意味でも必然だった。

スパークスのセンスに則り、ライトの語り口はアップテンポでコミカル。記録映像のない部分をアニメで補い、取材時のラッセルの声真似があまりにおもしろかったので、その声をそのままアニメに被せた場面もある。多種インタビュー映像は歯切れよくカットを変えるが、興味深いのはライト本人が“いちファン”としてスパークスの魅力を語っていること。

監督が自分で自分をインタビューするなんてことが、ほかの音楽ドキュメンタリーにあっただろうか?そもそもライトは大ファンとして、ほかに例のないスパークスのキャリアをたどることこそ自身の使命であると申し出て、メイル兄弟を映画に担ぎ出したというが、その強い愛情がこんな部分からもあふれ出る。ライトにはライトの、スパークスにはスパークスの情熱的な創作意欲があり、それが共鳴し合ったのが『スパークス・ブラザーズ』である、と言えるのではないだろうか。


憧れのスパークスにカメラを向けるエドガー・ライト(『スパークス・ブラザーズ』)
憧れのスパークスにカメラを向けるエドガー・ライト(『スパークス・ブラザーズ』)[c]2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

スパークスが脚本と共にサントラを手掛け、セザール賞の最優秀音楽賞を受賞したカラックス監督の『アネット』は日本でも劇場公開され、現在話題を呼んでいる。そんな彼らのバックボーンを紹介するだけでなく、一組のアーティストがこだわりをもってたどってきた長い道のりを描く『スパークス・ブラザーズ』。こちらも、ロックファンならずとも、必見!

文/有馬楽

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