授賞式から時間が経ったいま、『コーダ あいのうた』トロイ・コッツァーが語る“当事者キャスト”の意義と“受賞の瞬間”
なにかと波紋が広がった第94回アカデミー賞だが、最も感動を呼んだ瞬間と言えば『コーダ あいのうた』(公開中)の受賞だった。作品賞など3部門にノミネートされていた同作は、その全3部門で受賞。なかでも助演男優賞に輝いたトロイ・コッツァーの手話による受賞スピーチは、授賞式を観ていた世界中の人たちの心を揺さぶった。男性の聴覚障がい者俳優として初のオスカーを手にしたコッツァー。その反響はどんなものだったのか。授賞式から時間が経ったいま、改めて『コーダ あいのうた』への想いいと共に、その心境を聞いた。
「“受賞で人生が変わる”とは聞いていましたが、まさかこんなに変わるとは…」
授賞式のスピーチでは、事故に遭ったことで手話ができなくなった父への想いや、聴覚障がい者やCODA(聴覚障がい者の親を持つ子どもたち)、そのほかのコミュニティにも賞を捧げたいと熱く伝えたコッツァー。受賞時に手話をもって彼の名を伝え、手話でスピーチを行う彼のためにオスカー像を持ち、寄り添うように横に立っていたプレゼンター、ユン・ヨジョンとのツーショットも微笑ましかった。あの時間を振り返ってもらうと、コッツァーは胸に手を当てて、心から感激していたことを語り始めた。
「1年前にヨジョンさんが(『ミナリ』で)助演女優賞を受賞した時、私もすごく幸せでした。彼女のリアルな演技に感動しましたから。そのヨジョンさんが今年のプレゼンターを務めるのは、彼女が実際にステージに現れるまで知らなかったのです。しかも私に向かって手話を試みてくれ、本当に感激で光栄でした。そもそも彼女の母国語は英語ではありませんし、私は手話です。このようにまったく違う言語なのに気持ちが通じ合い、喜びを分かち合える。しかも私の手話のために像を持っていてくれる。まさにマジカルな時間で、改めて『ありがとう』と伝えたいですね」。
授賞式で自分の名前がアナウンスされた瞬間、脳裏によぎったのは「35年以上、役者として食べていけない時代も一緒だった妻への感謝」というコッツァー。会場全体が聴覚障がい者の拍手を使ってスタンディングオベーションする光景に「たくさんのセレブの前で泣かないよう、ものすごく頑張っていた」とも告白する。
今回のオスカー受賞で、彼の俳優人生が大きく変わるのは間違いない。自身の仕事の変化はもちろん、世界中からの反響に驚きながら、コッツァーは日常を送っているという。
「“受賞で人生が変わる”とは聞いていましたが、まさかこんなに変わるとは…。いままでは仕事を求めてオーディションを受けるのが日常でしたが、多くのプロデューサーからコンタクトがあり、様々なオファーを受けています。いつも通っていたスーパーやガソリンスタンドでも顔バレするようになりました(笑)。また、アメリカやヨーロッパはもちろん、日本やアジア各国のCODAの人たちからたくさんのメッセージを受け取っています。聴覚障がい者のカルチャーはこれまで一般的に認識不足で、CODAの人たちもフラストレーションがあったと思うのです。それが今回の映画や私の受賞で広く伝わり、アイデンティティを認識してもらった。その感謝の気持ちが次々と寄せられています」。