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『オトナ帝国』『戦国大合戦』…原恵一が「映画クレヨンしんちゃん」で起こした“作家性”の革命

コラム

『オトナ帝国』『戦国大合戦』…原恵一が「映画クレヨンしんちゃん」で起こした“作家性”の革命

大人のノスタルジーと未来を生きる子どもたちへの希望を織り交ぜた『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』

再び「アニメーション監督 原恵一」から引くと、「自分にとって懐かしいものをテーマにして、一本の映画が作れないかと本気で思い始めました。(中略)僕も自信はなかったものの、この映画が二一世紀の最初の年に公開されるという一点だけで、作る価値があると思っていました。万博を経験した僕のような世代にとって二一世紀というのはいろんな意味で特別なものだったから」。

そうして2001年にシリーズ第9作『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』が爆誕する。これは単なる「懐かしネタ」の域で終わる映画では到底なかった。まずは冒頭から、大阪万博をモデルにした春日部で開催中のテーマパーク「20世紀博」が細部にわたり丁寧に描かれる。のちの原監督作において顕著になる実写寄りのリアル志向がここで本格的に花開いた。

まるで『ALWAYS 三丁目の夕日』(05)を先駆けたように、ディテールまで昭和の甘い夢が徹底構築された20世紀博は、大人たちが郷愁に浸れるユートピアとして人気を博していた。そんな時、謎のCMが放送され、翌日には大人たちが町中から居なくなってしまう。残されたしんのすけは、かすかべ防衛隊と共に20世紀博の会場に潜入し、秘密結社イエスタデイ・ワンスモアの恐るべき計画を知るのだが…。

当時の日本は約10年前にバブル経済が崩壊して以来、のちに“失われた20年”とも“30年”とも呼ばれる長い景気停滞に突入していた。そういった先の見えない世相を反映してか、大人たちは虚構のノスタルジアに溺れ、“右肩上がり”だった過去ばかりを懐かしむようになる。だが、5歳児のしんのすけをはじめ、子どもたちが生きるのはこれからの“未来”だ。

未来を取り戻すための戦い。たとえ困難な未来であろうとも、前に進まねばならない。しんのすけが階段を駆け上がるシーンでBGM「21世紀を手に入れろ」が感動的に流れるように、本作は「21世紀宣言」とも言える内容だった。さらに原自身が選曲した、よしだたくろう(吉田拓郎)の1971年の名曲「今日までそして明日から」の使い方もすばらしい(同曲は1972年の斎藤耕一監督の実写映画『旅の重さ』などでも印象的に使用されている)。


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『オトナ帝国』は興行収入も14.5億円と好調だったが、それ以上に映画マニアや玄人筋の絶大な評価を得て、これまで「クレヨンしんちゃん」にまったく注目していなかった層すら振り向かせた。まさしく本シリーズが原恵一という監督の“作家性”―個的な思想性を得て、破格のグレードアップを果たした記念碑。原は物語展開の選択に迷った時、どんどんシリアスなほうに舵を切っていったという。彼はこう述懐する。

「これを作ることができたらクビになってもかまわないと思っていました」(『アニメーション監督 原恵一』より)―。

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