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『オトナ帝国』『戦国大合戦』…原恵一が「映画クレヨンしんちゃん」で起こした“作家性”の革命

コラム 2022/5/7 19:45

『オトナ帝国』『戦国大合戦』…原恵一が「映画クレヨンしんちゃん」で起こした“作家性”の革命

柄本佑「“泣く(映画)”と言えば『クレヨンしんちゃん』。『オトナ帝国』派か、『戦国大合戦』派かって分かれない?」
柄本時生「えっ、(俺)試されてる?」

これは東京ニュース通信社から刊行されていた雑誌「MOVEIZ」Vol.6(2014年夏号)掲載の連載企画「やっぱビアンカ~柄本ブラザーズの映画談義~」のひとコマである(構成担当は筆者)。俳優界きっての映画マニアである柄本兄弟も、『オトナ帝国』派か、『戦国大合戦』派か?―という話題で盛り上がっていたように、この二作はまさに甲乙付けがたい、日本アニメーション史上に燦然と輝く伝説のW傑作だ。もちろん『オトナ帝国』とは、「映画クレヨンしんちゃん」シリーズ第9作『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01)のことであり、『戦国大合戦』とは同シリーズ第10作『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』(02)のこと。監督・脚本は共に原恵一である。


『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』では、しんのすけの出生の“真実”に迫る
『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』では、しんのすけの出生の“真実”に迫る[c]臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2022

テレビアニメ「クレヨンしんちゃん」の放送初期からシリーズを支えた原恵一

まさしく21世紀の幕開けに連打されたあの鮮烈なW傑作が、もう20年も前の作品なのだと思うと、なんだか不思議な気分になる。周知の通り、4月22日に公開されたばかりの最新作『映画クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』(公開中)で、「映画クレヨンしんちゃん」は第30作を数える。驚異の長寿シリーズとして現在も人気を博し続けているわけだが、しかし、もし『オトナ帝国』&『戦国大合戦』が生まれていなかったら、原の果敢な挑戦がなかったら―たとえ同じようにシリーズが続いていたとしても、その質はずいぶん違うものになっていたかもしれない。

では原のW傑作が「映画クレヨンしんちゃん」にもたらしたものは、なにか?ひと言でいうと、物語レベルにおける“作家性”の大胆な導入だ。

原は1959年生まれ。82年、シンエイ動画に入社。92年にテレビアニメ「クレヨンしんちゃん」の放送が始まった時、彼は各話演出担当の一人だった。96年にはチーフディレクターに就任し、97年、シリーズ第5作『映画クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』で初めて映画版の監督を務める。本作では先代である本郷みつる監督のバトンをなるだけ忠実に、大切に引き継いだ印象だ(ちなみに94年のシリーズ第2作『映画クレヨンしんちゃん ブリブリ王国の秘宝』から96年のシリーズ第4作『映画クレヨンしんちゃん ヘンダーランドの大冒険』まで、原は本郷みつると共に共同脚本も務めている)。

もちろん「映画クレヨンしんちゃん」シリーズは、のちに『マインド・ゲーム』(04)などで監督として高い評価を得る鬼才、湯浅政明のスタッフ参加(設定デザイン・原画)もあり、最初からおもしろかった。

『電撃!ブタのヒヅメ大作戦』で良質な“泣き”の詩情を導入

だが物語レベルにおいて、筆者が最初にハッとしたのは、シリーズ第6作、原の監督2作目となる『映画クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦』(98)である。サイバーテロによる世界征服を企む悪の秘密結社「ブタのヒヅメ」の野望を阻止するべく、なぜか埼玉県春日部市のふたば幼稚園に通う5歳の幼稚園児たち―野原しんのすけと仲間たち5人組「かすかべ防衛隊」が、人類の平和を賭けた戦いに奮闘するというお話。映画版では「かすかべ防衛隊」が初めて活躍する作品として知られ、筆者は冒険活劇のなかで展開する防衛隊5人の友情にしみじみ涙させられた。これまでのお下劣ギャグパワーで押し切る作風だけでなく、「映画クレヨンしんちゃん」に、まさかの良質な“泣き”の詩情が加わるようになったのだ。

シリーズのなかでもちょっとしたエポックになったこの一本は、原も楽しんで作ったというが、しかしまだ「この頃の僕は自分の映画を作ってやろうとは思ってはいなかった」と語る(浜野保樹・編「アニメーション監督 原恵一」晶文社刊より)。原恵一の“作家性”の爆発は、もう少し時を待たねばならない。

かくしてシリーズ第7作『映画クレヨンしんちゃん 爆発!温泉わくわく大決戦』(99)、シリーズ第8作『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』(00)と順調に佳作を重ねていく。だが内情としては、年に一回、臼井義人先生の原作マンガから離れたオリジナルストーリーの新作長編を作るのは、作品のネタ探しに関して追い詰められていく過程でもあったらしい。

「また来年もあるよ、どうする、ネタどうする」「もう本当にない」と(笑)―(『アニメーション監督 原恵一』)。そこで原が思いついたのは、1970年の大阪万博だった。彼は小学5年生の時、母親に連れられて故郷の群馬から生まれて初めての新幹線に乗って大阪の会場に出向いたらしい。実はテレビシリーズで『オトナ帝国』の前哨戦的な話(「母ちゃんと父ちゃんの過去だゾ」1999年9月10日放映)を作っていたこともあり、原はこのアイデアを長編にまで転がすことを決意した。

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