『オトナ帝国』『戦国大合戦』…原恵一が「映画クレヨンしんちゃん」で起こした“作家性”の革命
本格時代劇であり、しんのすけが人生の知られざる残酷に出会う通過儀礼的な作品『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』
この成功を経て、かなり“やりやすい”状況になった原は、持てる実力を存分に注ぎ込んだシリーズ第10作目『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』を2002年に放った。内容はなんと、黒澤明監督を意識したという本格時代劇。アクション演出の迫力はもちろん、綿密な時代考証のもと、戦国時代の風景や生活が丁寧に描写されていく。
しんのすけはお姫様が出てくる夢を見た翌日、戦国時代へタイムスリップ。武将の又兵衛や夢で見た廉姫と出会う。まもなくして時を渡ってきた野原一家も合流。又兵衛たちの暮らす春日部城が戦に巻き込まれることになり、野原一家はなんとか現代へ帰ろうとするのだが…。
物語は「ロミオとジュリエット」のような、時代の波に翻弄される又兵衛と廉姫の恋が核になる。そして戦国時代という乱世において、“死”というもののリアルが突きつけられる。5歳児のしんのすけにとって、それは人生の知られざる残酷さに出会う通過儀礼的な衝撃だ。だからこそかけがえのない“いま”を大切に思うようになる。これは『オトナ帝国』の“未来”への意志とワンセットと言えるテーマ性である。
そして『オトナ帝国』&『戦国大合戦』のW傑作で鮮烈に打ちだされたのは、野原一家の35歳の父、野原ひろしの感動的な奮闘だ。「サラリーマンをなめんなよ!」と、家族を守るために全力で戦うひろしの勇姿は、「映画クレヨンしんちゃん」の最大の“泣き”ポイントとして語り草となり、後年の同シリーズにも決定的な影響を与えている。
『戦国大合戦』は2002年度文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞など、数々の賞を受賞。またこれを原案とする、山崎貴監督の実写映画『BALLAD 名もなき恋のうた』も2009年に作られた。
後継のクリエイターに引き継がれた“原恵一リスペクト”の精神
以上、原が監督した「映画クレヨンしんちゃん」は6本。これらが同シリーズの質的な緊張感を一気に引き上げたのは間違いない。そのおかげでシリーズ第22作『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』(14)では中島かずき、第28作『映画クレヨンしんちゃん 激突!ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』(20)では高田亮といった名脚本家を起用する流れも起こったはずだし、また『逆襲のロボとーちゃん』や第26作『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ ~拉麺大乱~』(18)など新しい傑作を紡ぐ、高橋渉監督といった俊英も後継に続いている。
まさしく『オトナ帝国』&『戦国大合戦』以降の同シリーズにおいて、“原恵一リスペクト”は欠かせない精神となったのだろう。
もし、まだ原が監督した「映画クレヨンしんちゃん」を観たことのない人が居たら、なにはともあれ『オトナ帝国』&『戦国大合戦』を体験していただきたい。いまや日本のアニメーションを代表する巨匠の一人となった原だが、彼は自らのターニングポイントとなった「映画クレヨンしんちゃん」のW傑作について、端的にこう語っているのだ。
「僕にとっても『オトナ帝国』と『戦国』というのは、『しんちゃん』というだけではなく、自分が作ってきたものの中でも特別の二本になっています」(『アニメーション監督 原恵一』より)―。
文/森直人