「イカゲーム」イ・ジョンジェ監督作から『ベイビー・ブローカー』まで。カンヌ国際映画祭を“韓国映画”で振り返る

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「イカゲーム」イ・ジョンジェ監督作から『ベイビー・ブローカー』まで。カンヌ国際映画祭を“韓国映画”で振り返る

躍進止まらぬ韓国作品!『ベイビー・ブローカー』が2冠獲得

赤ちゃんを売るために旅をすることになったサンヒョン(ソン・ガンホ)、ドンス(カン・ドンウォン)、そして母親のソヨン(イ・ジウン)
赤ちゃんを売るために旅をすることになったサンヒョン(ソン・ガンホ)、ドンス(カン・ドンウォン)、そして母親のソヨン(イ・ジウン)[c] 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED

コンペティション部門に韓国映画が2作入ることも、その2作品が同じ映画会社(CJ ENM)の製作であることも、そして同時に受賞することも、現在の韓国映画界、ドラマ界の躍進ぶりを見れば驚きではない。

是枝監督の『ベイビー・ブローカー』は、ソン・ガンホカン・ドンウォンペ・ドゥナ、イ・ジウン(IU)、イ・ジュヨンといったスター俳優を揃え、カンヌ国際映画祭直後に地元韓国で大規模公開されるという超話題作。それほどまでの“期待作”のテーマが新生児を預ける「ベイビーボックス(赤ちゃんポスト)」で、是枝監督がいままでの作品で追求してきたように、市井の人々が無自覚に抱いている視点に疑問を投げかける。

記者会見に臨んだ『ベイビー・ブローカー』チーム
記者会見に臨んだ『ベイビー・ブローカー』チーム

記者会見で是枝監督は、「日本でも韓国でも、(ベイビーボックスの)評価は定まっていない。冒頭でペ・ドゥナさんが扮する警官がこぼす『捨てるなら産むなよ』という、母親に対するバッシングが大半を占めるのではないでしょうか。(ソン・ガンホさんら子どもを売る)ブローカーたちの姿は車の外から見ればただの犯罪者集団ですが、彼女の目線を通じて、2時間の映画を通して揺さぶる。自分が発した言葉について、どんなふうに考え方や目線、母親に対する見解が変わっていくのかを縦軸としました。映画を観たみなさんが彼らの旅に同行しながら、それぞれの価値観をもう一度見つめ直し、少し変化が訪れる。そんな映画を目指しました」と語っている。

名優ソン・ガンホが最優秀男優賞受賞、イ・ジウン&ペ・ドゥナら女優陣も異彩を放つ

K-POPスター“IU”として活躍するイ・ジウン
K-POPスター“IU”として活躍するイ・ジウンPhotographs by Earl Gibson III / HFPA

監督の話を聞いていて思い浮かんだのは、近年の韓国ドラマの良作、人気作には、社会派ヒューマンドラマが多いということ。例えば全放送配信作品から選出される百想芸術大賞受賞作には、そういった作品が並んでいる。それらのドラマはわかりやすい解決策や落とし所ではなく、視聴者の視点を揺さぶり、ドラマを観る以前には持ち得ていなかった感情を惹起させる。ポップスターとして知名度の高いイ・ジウン(IU)について、2019年のドラマ部門作品賞受賞作「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」での演技に惹かれた是枝監督が出演をオファーしたという逸話もある。CJ ENMを率いるミキ・リー副会長は、『パラサイト 半地下の家族』(19)でアカデミー賞作品賞を受賞した際に「韓国の厳しい観客が韓国映画を鍛えた」とスピーチしていたが、『ベイビー・ブローカー』は映画を観る目の肥えた観客と世界の映画界に向けて勝負をかけた一作だといえるだろう。


『パラサイト 半地下の家族』(19)ほか、名優として名高いソン・ガンホ
『パラサイト 半地下の家族』(19)ほか、名優として名高いソン・ガンホPhotographs by Earl Gibson III / HFPA

ソン・ガンホの男優賞受賞も大きな意味を持つ。多くの場合、韓国映画は撮影開始時にストーリーボード(絵コンテ)があり、監督が意図する演技、動き、セリフに忠実に演じることが求められるそうだ。映画ファンの間ではよく知られているように、是枝監督の演出はあえて脚本との隙間を埋めずに、俳優とのコラボレーションで作られている。米国での撮影がありカンヌ国際映画祭に出席できなかったペ・ドゥナは、「The Hollywood Reporter」誌のインタビューでこう答えている。「是枝監督とは『空気人形』で初めてご一緒しましたが、それ以来、私の心のなかでナンバーワンの監督です。世界観、役者やスタッフへの撮影現場での接し方など、あらゆる面で非常に尊敬できる方で、まさに彼の人生観が表れているようです。是枝監督は、あらゆる意味で、私がこうなりたいと思える人間なのです。“巨匠”と呼ばれる監督との仕事を想像すると、現場で自分のやり方を要求し、圧迫感を与えるようなイメージがあるかもしれません。でも、是枝監督の場合は、『これでいいのかな』と思うくらい、自由にやらせてくれます。自由を与えてくれるのと同時に、ご自身が求めているものを知り尽くし、それを完璧な形で(映像に)捉えてくれるのです」。

『ベイビー・ブローカー』と同じく『Next Sohee』でも刑事役を演じたペ・ドゥナ
『ベイビー・ブローカー』と同じく『Next Sohee』でも刑事役を演じたペ・ドゥナCOURTESY OF CANNES/SEMAINE DE LA CRITIQUE

ペ・ドゥナは批評家週間出品作の『Next Sohee』でも、『ベイビー・ブローカー』での役柄同様に、若い女性の事件を追うことで、自身や社会が抱える見えない欺瞞に気づく刑事を演じている。チョン・ジュリ監督は、『私の少女』(15)でもペ・ドゥナに刑事役を演じさせていて、『ベイビー・ブローカー』そして「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」に出演しているソン・セビョクも、『私の少女』組だ。そして、ペ・ドゥナだけでなく、最近ではドラマ「私の解放日誌」で主人公が来店する銀行の担当者を演じていたチョ・ヒジンも『ベイビー・ブローカー』と今作の両方に出演している。『Next Sohee』は、実際に起きた事件をもとに、ニュースを見た時の先入観が覆されていく様をペ・ドゥナが繊細な演技で見せている。脚本も務めるチョン・ジュリ監督の視点はペ・ドゥナ演じる刑事に託され、彼女と同じように監督の視点も揺らいでいることが伝わってくる。今作はカンヌ国際映画祭出品作品群のなかでも”Hidden Gem(隠れた宝石)“と呼ばれ高評を得ているので、日本公開も決まると思われる。

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