「イカゲーム」イ・ジョンジェ監督作から『ベイビー・ブローカー』まで。カンヌ国際映画祭を“韓国映画”で振り返る

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「イカゲーム」イ・ジョンジェ監督作から『ベイビー・ブローカー』まで。カンヌ国際映画祭を“韓国映画”で振り返る

『Decision to Leave』で監督賞を受賞!制作秘話を明かした鬼才、パク・チャヌク監督

他方、パク・チャヌク監督の『Decision to Leave』は、コンペティション部門で監督賞を受賞。『オールド・ボーイ』(03)は2003年の第57回カンヌ国際映画祭でグランプリ、第62回に出品された『渇き』(09)での審査員賞に続く受賞となった。パク・チャヌク監督と何作も組んでいるチョン・ソギョンが脚本を務め、『ラスト、コーション』(07)のタン・ウェイが殺人事件の重要参考人である未亡人、『殺人の追憶』(03)などのパク・ヘイルが事件を追う刑事として、ラブ・サスペンスを演じている。

『Decision to Leave』はタン・ウェイ、パク・ヘイル共演のラブ・サスペンス
『Decision to Leave』はタン・ウェイ、パク・ヘイル共演のラブ・サスペンスImage Credit : [c]2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

パク・チャヌクが率いたともいえる韓国映画の激しい暴力描写や、『お嬢さん』(16)のようなフェティッシュな描写を期待していた観客は、少し肩透かしをくらうことになる。その代わり、スクリーンに映される映像美、壁紙の一枚まで考え抜かれた美術、うっとりするような音楽に酔いしれる。同様の質問が記者会見でも出たが、パク・チャヌク監督は、「この作品において、暴力もヌーディティも必要ないと考えたからです。大人のための映画を作りたいと企画を始めた際に、『エロティックでセクシーな映画になることでしょう』と言われました。私は、『大人向けの映画を作ろうとしているのに、観客がそんなものを期待していると考えるのは見当違いだ』と言い、逆のことをやろうと思ったまでです」とはっきりと答えている。

記者からの質問に答えるパク・チャヌク監督
記者からの質問に答えるパク・チャヌク監督

同様に、増村保造監督の『妻は告白する』(61)やアルフレッド・ヒッチコック監督の『めまい』(58)の影響が質問されたが、パク・チャヌク監督の答えは、「逆に、なぜこれらの映画を彷彿とさせたのかをお聞きしたい。音楽に関しては、『ベニスに死す』でも使われていたグスタフ・マーラーの交響曲第5番がインスピレーション源となりました」と答え、クラシック音楽と韓国の古い歌謡曲が印象的に使われている。また、監督賞受賞後の会見では、スウエーデンのミステリー作家、ヘニング・マンケルの「刑事ヴァランダー」シリーズの影響を認めている。

ダビ・チュウ監督の『Return to Seoul』は、子どもの頃に韓国からフランスへ里子に出された女性が、大人になってソウルに戻りルーツを探す物語。外側から眺めていた祖国に実際に足を踏み入れ見えてくるものを、監督自身の成長過程と重ねているような映画だ。『ベイビー・ブローカー』のアナザーストーリーとも解釈できるし、韓国映画、ドラマでこの設定はさして珍しいものでもなく、設定の先にある感情の動きと監督の視点がシンクロするところが映画的醍醐味だと感じた。『ベイビー・ブローカー』にも出演している、「愛の不時着」で北の人民班長を演じたキム・ソニョンが、“ロスト・イン・トランスレーション”しながらも歩み寄る叔母役を、見事なコミカルさで演じている。

里子に出された女性が、ルーツを求めて旅する姿を描く
里子に出された女性が、ルーツを求めて旅する姿を描くImage Credit : [c]Aurora Films


日本公開も?期待作が続々出品される“マーケット”

映画祭には、公式上映やレッドカーペットと同じくらい重要な、マーケットが付設されている。メイン会場のパレ内にある会場では、カンヌ国際映画祭に出品された作品をはじめ、今後の作品、制作待機作などの海外販売が行われている。そのなかには、『ベイビー・ブローカー』で銀幕デビューしたイ・ジウンと、マーベル・シネマティック・ユニバースへの参加が発表されているパク・ソジュン共演、『エクストリーム・ジョブ』(19)のイ・ビョンホン監督による『Dream(仮題)』や、『10人の泥棒たち』(12)などのチェ・ドンフン監督によるSF2部作の大作映画『Alienoid(英題)』など、海外市場でも引きが強そうな作品がたくさん並んでいた。これらの作品は各国配給会社の手によって、今後それぞれの市場に届けられる。

第75回カンヌ国際映画祭におけるマーケットの様子。チェ・ドンフン監督による大作『Alienoid(英題)』も出品
第75回カンヌ国際映画祭におけるマーケットの様子。チェ・ドンフン監督による大作『Alienoid(英題)』も出品

カンヌ国際映画祭で直接話を聞くことができた監督や俳優たちの言葉からも、常に変わり続けようとする韓国映画界の視座が伝わってくる。韓国映画黄金時代はまだ序盤で、さらに進化した作品が世界の観客に届けられることだろう。

文/平井 伊都子

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