ユニークなライジングスター、ク・ギョファンの持つ魅力とは?「D.P.」『モガディシュ 脱出までの14日間』で大注目
『モガディシュ 脱出までの14日間』(公開中)は、青龍映画賞や百想芸術大賞といった韓国の映画賞の主要部門を軒並みさらった、リュ・スンワン監督渾身のアクション・ヒューマンドラマだ。本作には、憎々しい悪役から情の深いベテラン刑事まであらゆる役柄をこなすキム・ユンソクや、『シルミド SILMIDO』(03)の時からその重厚さで作品に深みを与え続けるホ・ジュノ、クールガイとして映画を華やかに彩るチョ・インソンといった、韓国映画界の名実ともに忠武路(映画産業が集中したいわゆる“韓国版ハリウッド”)を代表する俳優たちが好演を見せている。
そうしたなかでひときわ爪痕を残した俳優は、ク・ギョファンだ。ここ数年で頭角を現したような印象を持つが、実は彼は豊富で多彩な演技経験を持つ俳優だ。今回は『モガディシュ 脱出までの14日間』を中心に、ひと筋縄では行かないライジングスターについて紹介していきたい。
ク・ギョファンが演じる北の高官の絶妙な人間味
『モガディシュ 脱出までの14日間』は、韓国がソウルオリンピックで大成功を収めたのちの1990年、国連への加盟に向けアフリカ諸国で盛んにロビー活動を展開していた際に起きた実際の事件を基にしている。ソマリアの首都モガディシュで、政府上層部の支持を得ようと奔走する韓国大使ハン(キム・ユンソク)とカン参事官(チョ・インソン)、そして南に先駆けてアフリカ諸国と関係を築き、同じく国連加盟を目指していた北のリム大使(ホ・ジュノ)とテ参事官(ク・ギョファン)は、互いに一歩も譲らぬまま妨害工作と情報戦をエスカレートさせていた。
そんななか、かねてから内戦が激化していたソマリアの反乱軍が勢いを増し、ついに「国民を弾圧するバーレ政権を援助する外国政府は敵」という声明を出したことで、各国の大使館は政府軍と反乱軍の戦いに巻き込まれていく。武装した反乱軍の若者によって大使館を追われ退路を断たれた北朝鮮のリム大使たちは、韓国側に助けを求める。相容れないふたつの国は、絶体絶命の窮地から協力して脱出を図ろうとする。
迫力あるアクションとドラマティックなキャラクターたちに心を掴まれる本作だが、ク・ギョファン扮するテ参事官は、南北関係を描いた既存の作品における北の高官とはやや趣を異にしている。確かに、反乱軍に追われたリム大使が、やむにやまれず韓国大使館へ逃げ込もうとした時、「子どもたちを反動分子にするつもりですか」と思いとどまらせようとしているあたりに、任務と国家への忠誠心が彼を支えていることは見て取れる。
一方で、例えば南への妨害工作として現地の青年を金で都合良く使う図々しさや、その青年たちが武装すると容易く痛めつけられてしまう弱々しさ、手柄を立てるために大使館の者を帰順者(北から南への転向者)に仕立てようと画策するカン参事官を覗き見るしぶとさなど、その一挙手一投足に垣間見えるある種の抜け目なさと絶妙な人間味は、このテ参事官という男の人物像をより興味深いものにしている。
ク・ギョファンの身長は173㎝。高身長が多い韓国俳優の中では、ひときわ華奢に見える。カン参事官と対立するシーンは、スタントダブルを使っているとはいえ、189㎝でテコンドー有段者のチョ・インソンに簡単に蹴り飛ばされてしまう少年のような身体に思わず目を覆ってしまった。リュ・スンワン監督が同じく南北関係を扱った『ベルリンファイル』(13)でハ・ジョンウが演じた北の工作員の強靱さと全く違い、見た目が屈強な男性が立ち回ることが多い韓国映画では珍しい。
しかし終盤、銃弾が乱れ飛ぶ地獄のモガディシュを駆け抜けていく怒濤のカーチェイスが待っているが、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)のダイナミズムさえ感じさせるこのシーンで最も観客の胸を熱くさせるのは、完全にク・ギョファンなのだ。ちなみに、彼はこの撮影でハンドルを握るために運転免許を取得した。そんなキュートな裏話にも感動してしまう。
実は、ブロックバスター作品への参加経験があまり無いことを理由に関係者たちはク・ギョファンのキャスティングに反対し、元々彼のファンだったリュ・スンワン監督が押し切ったのだという。韓国メディアから流暢な北朝鮮訛りも評価されたそうで、魂が宿ったキャラクターと演技は存分に評価されたのだった。