ユニークなライジングスター、ク・ギョファンの持つ魅力とは?「D.P.」『モガディシュ 脱出までの14日間』で大注目
軍隊の暴力構造を打破する「D.P.」のホヨル
見た目ばかり強い男が活躍し、腕力で押す“マッチョイズムの神話”は、ク・ギョファンが演じるキャラクターには通用しない。軍務を放棄した脱走兵を逮捕する軍の捜査官を描くドラマ「D.P. -脱走兵追跡官-」は、その好例だった。主人公のアン・ジュノ(チョン・ヘイン)は、父親による苛烈なDVの中で生きてきた。誰よりも暴力を憎みつつ、追跡中の脱走兵の自殺を止められなかった自責の念に苦しんでいる。そんなアン・ジュノにとっても、彼を悲痛な面持ちで見ている視聴者にとっても気の休まる存在が、ク・ギョファン演じるハン・ホヨルだ。
高めの声で上官に軽口を叩くプレイフルなキャラクターは、軍隊という場を重く支配するマッチョイズムが一切ない。ホヨルはジュノに「脱走兵が食べたもの、立ち寄った場所などを追い、彼らの心情になりきることが捜査の心得だ。これぞメソッド式演技だ」と得意げに話す。メソッド式演技とはキャラクターの人格や深層心理を掘り下げて演じるスタイルのことで、笑いを誘うホヨルらしいシーンだが、そうした“メソッド式”は脱走兵の心情に深く寄り添うという作品の核に重なり、エピソードを重ねるごとに視聴者の共感を呼んでいく。
陰湿ないじめを受けて脱走し、除隊した加害者に復讐しようとするソクポン(チョ・ヒョンチョル)を止めようとしたホヨルは、「暴力を見て見ぬふりしていた傍観者たちも必ず明らかにする」と必死に語りかけていた。ハン・ジュニ監督は本作で、暴力がいかに構造に内面化されているかに肉迫し、「傍観も暴力構造のひとつ」だと明確に示した。こうした負のシステムを変えてくれるのは、ホヨルのような人物なのだ。
物悲しい悪役の姿が記憶に残る『新感染半島 ファイナル・ステージ』
あるインタビューでク・ギョファンは、ドラマ「怪異」で考古学者を演じるため、人物設定をかなり掘り下げたことを明かしている。おそらくは彼自身が、“メソッド式”で役作りをしているのではないだろうか。それは『新感染半島 ファイナル・ステージ』(21)においてよく表れている。
国民のゾンビ化で荒廃した朝鮮半島に潜入し、放置された大金を運ぼうとする元軍人の主人公ジョンソク(カン・ドンウォン)と、半島で辛くも生き延びていた母子の脱出劇を描いた本作で、ク・ギョファンは民兵集団631部隊の大尉ソ・サンフンを演じている。631部隊は人命救助要員として半島へ送られていたが、次第に精神を病み、ただのごろつきになり下がっていた。ファン軍曹(キム・ミンジェ)は、生き残った人間とゾンビの鬼ごっこを観戦して陽気に笑う高揚した悪役だが、ソ大尉は最初の登場シーンから拳銃を口にくわえて死を望む男であり、悪役にしては物悲し過ぎる。彼は偶然手元に転がり込んだ大金を手にして地獄を脱出しようとするも、最終的には、憎まれ役にふさわしい最期を見せて映画から退場していく。
しかし、虚無感に満ちた眼差しは、姉や甥を見殺しにして生き残った罪悪感から厭世的に生きるジョンソクと相似形を成していて、もう一人の主人公と言ってもよい(ジョンソクとソ・サンフンの階級が同じく大尉であるというのも注目すべき点だろう)。本作の前日譚を描くウェブトゥーンでは、映画で曖昧にされたソ大尉の過去が明らかにされているそうだが、原作を読むまでもなく、ソ大尉の悲しみに触れたような思いがする。ク・ギョファンが彼の心情を完璧に消化し、これまでにないヴィランを完成させたからだ。
パートナーとの共同作業で発揮する映画作家としての手腕
俳優として目覚ましい活躍を見せるク・ギョファンだが、良きパートナーである映画監督イ・オクソプとのビデオブログチャンネル「2×9HDク・ギョファン×イ・オクソプ」はいまも続けていて、出演はもちろん編集や脚本にも携わっている。ク・ギョファンによるスタイリッシュな編集にも目を見張るが、役者としては『LOVE VILLAIN』という作品で演じている、日本人の彼女メグとその友人との間に挟まれる少々頼りない彼氏・ギョファンが愛らしい。過剰な男らしさからほど遠い彼の魅力にマッチしていて、さすがは良さを知り尽くしたイ・オクソプ監督ならではの出来映えだと感じた。
そんな彼女の一風変わった恋愛映画新作『なまず』(7月29日公開)でも、ク・ギョファンはイ・ジュヨンが扮する主人公の恋人役で登場する。当初、脚本・演出は共同で行われていて、最終的にイ・オクソプ監督が一人で担当することになったものの、ク・ギョファンから「僕がやるのはどうかな?」という“出演の逆オファー”があったそうだ。さらにプロデューサー、脚本、編集としてもクレジットされている。
ルックスから醸しだす雰囲気も演じるキャラクターも、ユニークさと新しさを感じさせる俳優ク・ギョファン。彼は急上昇した注目度に感謝しながらも、「僕自身は大きく変わらないと思います」とどこか涼しげだ。縦横無尽な才能と演技の幅がこれからも広がり続けることを、大いに期待したい。
文/荒井 南