谷口ジローが描いた畏敬のエベレストをアニメーションで表現…『神々の山嶺』の緻密さと圧倒的スケールをひも解く - 2ページ目|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
谷口ジローが描いた畏敬のエベレストをアニメーションで表現…『神々の山嶺』の緻密さと圧倒的スケールをひも解く

コラム

谷口ジローが描いた畏敬のエベレストをアニメーションで表現…『神々の山嶺』の緻密さと圧倒的スケールをひも解く

美しくも過酷なリアリティある登山シーン

本作の白眉は、なんといっても登山シーンである。コミック版でも大胆にコマを配置しながら壮大なエベレストが描写されているが、スペクタクルを体感させるとなるとアニメーションの独壇場だ。インバードは圧倒的スケールとリアリティで美しくも過酷な世界を再現。コミックや実写とも違うケレンミある雪崩や嵐、滑落などスペクタクル映像も、思わず息が止まるほどの迫力だ。制作にはエベレスト登頂を成し遂げたフランス山岳会が協力し、ロープのかけ方からアイゼン(滑り止め爪)付きシューズの使い方まで登山の模様が克明に再現されている。左手を負傷した羽生が、動く右手と口を使ってロープを這い上がろうとする様は、小説版から続く見せ場の一つ。映像だけでなく、風の音と荒い息を効果的に使った音響効果も臨場感を盛り上げる。登山映画は傑作が多く、近年も『アイガー北壁』(08)、『ヒマラヤ 運命の山』(09)、『エベレスト 3D』(15)などが登場しているが、本作もその系譜に名を連ねる作品といえる。

【写真を見る】コミックや実写とも違うケレンミある雪崩や嵐、滑落などスペクタクル映像も加わった『神々の山嶺』の大迫力の登山シーン
【写真を見る】コミックや実写とも違うケレンミある雪崩や嵐、滑落などスペクタクル映像も加わった『神々の山嶺』の大迫力の登山シーン[c] Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Mélusine Productions / France 3 Cinéma / Aura Cinéma

遊び心も入れつつ忠実に再現された日本の街並み

物語は東京とヒマラヤを行き来しながら進行する。日本の作品が海外で映像化されると、多くの場合、キャラクターや舞台はその国の人物や町に変換されるが、本作の設定は原作のまま。フランスでの浸透度に加え、“絵”というアニメの持つ特性が忠実な映画化を可能にしたのだろう。日本を舞台に日本人が織りなすドラマが丁寧な手描きアニメーションで表現されているため、なにも知らずに観ると日本作品だと錯覚する人もいるはずだ。当初は3DCGも選択肢にあったそうだが、手描きをチョイスしたことでインバート監督も敬愛する日本のアニメーションを意識したのかもしれない。

羽生の手がかりを追って、深町は岸の姉に接触する
羽生の手がかりを追って、深町は岸の姉に接触する[c] Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Mélusine Productions / France 3 Cinéma / Aura Cinéma

深町と岸の姉との会話を捉えたスケッチ
深町と岸の姉との会話を捉えたスケッチ[c] Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Mélusine Productions / France 3 Cinéma / Aura Cinéma

それを助長しているのが、“執拗に”と言いたくなるほど忠実に日本を再現した美術。時代設定は90年代前後だが、街並みや看板からカメラ、家電製品などの小道具類、さらには色彩や空気感まで、外国人が作ったとは思えないほどリアルに描かれている。そんななか、数少ない例外の一つが深町の部屋の本棚。そこには「スタジオジブリ・レイアウト展」の図録や「寺田克也全部」、「鉄コン筋クリート ART BOOK」など、当時まだなかったはずの濃い本がずらりと並んでいる。監督の趣味かプロデューサーの要望なのかは知らないが、背表紙のレイアウトまで克明に再現された遊び心が、なんとも微笑ましい。細部をじっくり見ると、そんなイースターエッグが出てくるかもしれない。

羽生の自宅を映したカラースクリプト
羽生の自宅を映したカラースクリプト[c] Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Mélusine Productions / France 3 Cinéma / Aura Cinéma

情感あふれるラストが心を打つ本作だが、残念ながら谷口本人は完成を見届けることなく2017年に逝去した。映画を観た夢枕獏は「谷口ジローにこれを観せたかった」と盟友への思いが滲むコメントを寄せている。そんな本作が説いているのは、「なにを成し遂げたのかより、どう生きたのか」の大切さ。結果のみを求める風潮がますます高まりつつあるこの時代を生きる人々に、ぜひ観てほしい一本だ。

文/神武団四郎

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