子どもの目から見る世界とは?“いま”を見直すきっかけをくれる「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022」新鋭監督たちの秀作

コラム

子どもの目から見る世界とは?“いま”を見直すきっかけをくれる「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022」新鋭監督たちの秀作

恋心の芽生えと心に秘めた悩みを映しだす『揺れるとき』

多感な少年の成長と恋の目覚めをテーマとする『揺れるとき』、カンヌ映画祭批評家週間でもプレミア上映された
多感な少年の成長と恋の目覚めをテーマとする『揺れるとき』、カンヌ映画祭批評家週間でもプレミア上映された[c]Avenue_B

次に紹介する『揺れるとき』は、『レ・ミゼラブル』(19)、『ガガーリン』(20)など近年のフランス映画が度々取り上げる、移民や低所得者層が多く住む郊外の団地が舞台だ。10歳の少年、ジョニーは、シングルマザーの母親が恋人と別れる度に、彼ら兄妹の生活も変化するようだ。母親は酔っぱらっていることが多く、幼い妹の面倒は、もっぱらジョニーが引き受けている。それを当然のことと捉えてきたが、都会から赴任してきた若い男性教師にジョニーは心惹かれ、同時に自分を取り巻く環境に疑問を感じ始める。

最初は父性への憧れか、庇護者への期待や切望かと思いきや、それが恋愛感情であるとジョニーは自覚した。内向的だが賢く、繊細な感性を持つジョニーに、教師も関心を示し、貧しい境遇でも未来を切り開けるよう、心を砕くようになる。彼の恋人が無邪気にジョニーを美術館に誘い、ジョニーは教養や文化にも関心を広げ、教師へさらに近づこうとする。自我の目覚め、恋心の芽生え、セクシャリティの自認、環境への不満や疑問、未来への希望、心身の成長…。それらがいっきに押し寄せたジョニーは、恋慕を募らせ、次第に暴走し始める。

10歳のジョニーは若い男性教師に心が惹かれる(『揺れるとき』)
10歳のジョニーは若い男性教師に心が惹かれる(『揺れるとき』)[c]Avenue_B

よりよい教育を受けたいと望むジョニーを裏切り者だと断じ、「こんな子じゃなかったのに!」と教師に対して憤る母親の言動に、負の連鎖を断ち切る難しさを目の当たりにして胸がふさぐ。同時に、ジョニーの変化――性的な目覚めに敏感な母の勘には思わずヒヤリ。まだ10歳のあどけないジョニーが、教師に誘いをかける媚態は衝撃的だ。そんなジョニーの直情的でひたむきな恋心が、教師の運命を狂わせはしないか、逆にその反動でジョニーの運命をも逆行させはしないかと、ハラハラして目が離せない。

儚げで危うい魅力を秘めた、ジョニー役のアリオシャ・ライナートの魅力が破格だ。監督は、共同監督をした長編デビュー作『Party Girl』(14)が、カンヌ国際映画祭ある視点部門でカメラドールに輝いた、本国フランスでは俳優としても知られるサミュエル・セイス。貧困家庭、ヤングケアラー、LGBTQなど、現代的な問題を作品に投じ、多感な少年の成長と心の揺らぎを繊細に捉え、観る者の後ろ髪を引いてやまない、心奪われる1作だ。

現代の社会問題にも重なる姉弟の逃亡劇『ザ・クロッシング』

不穏な紛争で家族と生き別れた姉弟の命の旅路を描く『ザ・クロッシング』
不穏な紛争で家族と生き別れた姉弟の命の旅路を描く『ザ・クロッシング』

フランス、ドイツ、チェコの合作映画『ザ・クロッシング』は、表情豊かな色彩と力強いタッチの油絵が動きだす、思わず一瞬一瞬に目を奪われる芸術性の高いアニメーション作品だ。

不穏な紛争の足音が近づくなか、一家は内乱を逃れ、親戚の住む町を目指して列車に乗る。ところが途中の駅で検問が入り、親はキョナとアドリエル姉弟を列車に隠し、幼い双子と共に連行されていく。家族との再会を信じ、たどり着いた街で姉弟はどうにか生き延びるが、そこにも敵兵が現れ、姉弟はまた存命を懸けた旅を始める。

姉弟は常に生死を分かつ境界線に立ちながら、たどる道行きや逃亡には、どこかおとぎばなしのような空気や味わいが醸されるのも、大きな魅力だ。雪に覆われた森の奥深い小屋、サーカス旅団、宝石を欲しがる小鳥、運命の巡り合わせ。なにより、どんな非人道的で過酷な状況に陥っても、「パパはこう言った」と、子どもたちの素直でひたむきな“信じる力”の強さが、彼らに生き延びる力を与え続けたのだろう。そこに希望が灯る。

フローランス・ミアイユ監督の曽祖父母と母と叔父の逃亡経験から生まれた物語(『ザ・クロッシング』)
フローランス・ミアイユ監督の曽祖父母と母と叔父の逃亡経験から生まれた物語(『ザ・クロッシング』)


20世紀初頭にオデッサから逃れた監督の曽祖父母と、1940年代にユダヤ人のためフランス非占領地へと逃れた監督の母と叔父、時代の異なる2つの実話から生まれた物語だという。監督いわく、自身のファミリーヒストリーと同時に、本作は現在も祖国を逃れ彷徨う多数の難民たちの運命を描いたという。決して過去の物語ではないことに、誰もが焦燥せずにいられないはずだ。

物語がはらむ緊迫感や衝撃に負けないほど、1枚1枚の絵の魅力も大いなる見どころ。なんと、ガラスに描かれた油絵を少しずつ直して動きを持たせ、完成まで10年以上を費やしたという。観終えたあと、各カットの隅々までなにが描かれていたのか確かめたくて、リピート欲を掻き立てられる。監督のフローランス・ミアイユは本作で長編デビューを果たしたが、短編作品で既にカンヌ国際映画祭をはじめ、権威ある映画祭で数々の賞に輝いている有望なアニメーション監督だ。本作も、2021年のアヌシー国際アニメーション映画祭・長編コンペティション部門で上映され、審査員特別賞を受賞している。


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■SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022
日程:【スクリーン上映】7月16日(土)~7月24日(日)、【オンライン配信】7月21日(木)~7月27日(水)
会場:SKIPシティ 彩の国 ビジュアルプラザ 映像ホールほか
内容:国際コンペティション、国内コンペティション(長編部門、短編部門) ほか
URL:http://www.skipcity-dcf.jp/
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