「007」と並ぶ伝説のスパイ物語や、恐ろしい近未来予想が的中して話題のSF家族ドラマ…映画ファンにこそ観てほしい海外ドラマを語り合う!
「イギリスにおける黒人人種差別の歴史を描いた『スモール・アックス』はすごい力を持っている」(坂田)
――「スモール・アックス」はどうでしょう。『それでも夜は明ける』のスティーヴ・マックイーン監督によるテレビシリーズ。イギリス・ロンドンのカリブ系黒人住民の人種差別の歴史を描いていて。全5話ですが、エピソードによって内容がかなり違って、とくに第1話の「マングローブ」は2時間程度の尺で、大作感もあります。
坂田「あっという間でした。人種差別主義者の警察官たちと、のちに“マングローブ9”と呼ばれた9人の黒人たちが裁判で闘うのですが、最初は心情的なところから始まり、黒人たちが抗議のデモを行うなど怒りを炸裂させるんです。それが後半は法廷に立って、理詰めで真実を追い求めていくんですよね。それがすごく痛快で。また、黒人の住民に嫌がらせをする警察官が実に憎らしい!」
前田「本当に腹が立って、私も何度も“殴ってやりたい”と(笑)!ところでこの『マングローブ』の舞台のノッティングヒルというと、ジュリア・ロバーツの『ノッティングヒルの恋人』が思い浮かんで調べてみたんですけど、1960~70年代まではアフリカ系やカリブ系移民の多く暮らすむしろ貧しいエリアで、それが80年代に開発されて現在のようなセレブ地区になったと。いままで全然知らなかった歴史を知ることができました」
坂田「一見、地味な作品なんだけど、観るとものすごい力を持ってますよね」
前田「ネームバリューのある役者というと、1話に登場した『ブラックパンサー』のレティーシャ・ライトや、3話のジョン・ボイエガぐらい。あまり華のある役者はいないけれど、最終的には、このキャラクターを演じている俳優は誰?と調べたくなるぐらいに存在感がある。すごいパワーを感じました。音楽もカリブミュージックやレゲエがフィーチャーされていて、作品の世界観にとてもマッチしていました」
「イギリスの未来を予見して作った『2034 今そこにある未来』は衝撃的」(坂田)
――今年1月に配信が始まった「2034 今そこにある未来」もすごかったですね。確かに家族ドラマであるのですが、海外のウィキペディアでは「ディストピアSFドラマ」と紹介されています。ネタバレになるので詳しくは言えないですが、1話目からなかなか衝撃的ではないかと。
前田「日本は今年上陸でしたが、イギリス本国では2019年初夏の放送・配信らしいです。その年の10月にボリス・ジョンソン氏が首相に就任しています。2019年から2034年までの、15年間のイギリス社会の情勢を背景にしながら、一つの家族の姿を描いている。イギリスだけでなく世界の未来を予見して作ったというところが衝撃的ですよね」
坂田「コロナ禍の前の作品とは思えないですね。ウクライナ侵攻や難民、同性愛者への迫害、金融破綻、異常気象など…、いままさに起きている問題がいろいろと盛り込まれていて驚きました。テクノロジー面のエピソードも尖っていて、特に、長男一家にはデジタルな世界に身体的に接続されて生きることを夢見る娘が出てきますしね。エンタメとして少し楽しみながらも、いろんなことを未来の現実として可能性を考えてしまいますね」
前田「『ドント・ルック・アップ』を思い浮かべたんですけど、もっとシニカルで、こんなこと言って大丈夫なの?思うほど過激な風刺もありますね」
――脚本、製作総指揮のラッセル・T・デイヴィスは「ドクター・フー」のクリエイターなんです。だから、近未来SFを盛り込んだ社会派になっているのかなと。また、自身が同性愛者であることを公表している方で、本作も多様性にも目配りが効いた内容になったのではないかなと思います。
坂田「主人公のライオンズ一家って、祖母の家になんだかんだ理由をつけては集まってきてますよね」
――あの家族構成は英国王室を模しているという説もあるそうです。おばあちゃんがみんなの中心で良心でもある、そして、家族それぞれ多様性があると描いているとか。
前田「そういうことを知るとよりおもしろいですね。一家の長男役で、『007』でダニエル・クレイグ演じるボンドにやり込められるタナー役のロリー・キニアが出ているし、扇動的な政治家をエマ・トンプソンが熱演しているのも見ものですよ」
坂田「女性版トランプみたいな存在なので、この先、どうなっちゃうのかと思いますね。そのほかのことも未来を予見していて、実際に起こったり、起こりそうな瀬戸際のところに僕らがいるから、余計に怖い」
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■前田かおり
大学卒業後、週刊誌、月刊誌などの取材ライターを経て、2000年頃から映画、海外、韓国ドラマなどの取材、レビュー、劇場パンフレットを主に執筆。現在、「日経エンタテインメント!」「SCREEN」「ELLE gourmet」「シネマトゥデイ」「映画ナタリー」「DVD&動画配信でーた」などで執筆。好きなジャンルはサスペンス、医療、法廷もの。激渋な英国や北欧系俳優が出ているとイッキ見度が加速。
■坂田正樹
エンタメの舞台裏を学ぶ情報サイト「バックヤード・コム」(2022年4月開設)代表。ライターとしても映画・ドラマ関連のインタビュー、コラム、レビュー、劇場パンフレット制作などを行なっている。主な執筆媒体は、「シネマトゥデイ」「海外ドラマNAVI」「クランクイン!」「SPA!」「DVD&動画配信でーた」等。好きなジャンルは犯罪サスペンス、スリラー、サイコ系ホラー。ドラマなら「ツイン・ピークス」S1(1-16話)がいまなおベスト1。憧れの俳優はブラピ。なれるものならなってみたい。