満島ひかりの伸びやかな感性と、女優としての理想「“演じる”ことはあまりしないでいられたら」
「荻上組自体の雰囲気がそうで、皆が自然体で撮っていた気がします」
劇中で山田が南に自分の苦悩を吐露するシーンは、胸に迫るものがあった。満島は同シーンの撮影をこう振り返った。「椅子に座っていたら、松山さんと私の肩にトンボが止まって、『のどかだね』と話していたんです。やっぱり人間に力が入ったり、その場がわさわさしたりすると、生きものたちはすぐにいなくなるんですが、ずっといてくれました。荻上組の雰囲気がそうで、皆が肩の力が抜けた、自然体で撮っていた気がします」。
そんななかで撮影した同シーンについて、満島は「愛でも恋でも仲間でもない関係性の男の人が、自分の管理しているアパートに住んでいて、誰にも言えないようなことを自分の前でぽろっと言い始める。その設定って、とても難しいと思いました」と告白。「でも、撮影環境も、松山さん本人のたたずまいもすごくピュアだったので、私はただ山田を見て、素直に反応しようと思いました。松山さんは声を大きくすることもなく…隣にいる私にしか聞こえないぐらいの音量で話し始めました」。
その後、堰を切ったように泣き始める山田の背中をさする南の姿が印象深い。「あのだだっ広い空と、ぬるい、道にモヤがかかったような蒸した空気、どんなに泣き叫んでも誰にも届かないような閉塞的な。でも、その時の山田には、たまたま誰かが隣にいてくれた。それはラッキーなことだけど、南は山田にとってはただの隣人で。希望を見せすぎても、ちょっと違う。そういうさじ加減の難しさを感じながらも、私は山田を見ていて、すごく美しいなあと感じたんです。それは、なかなか雨が降らなかった田畑にちょっと雨が降って、『ああ、良かった。きっと今年も緑が出るかも』と思えた時のような、ほんの少しだけど、壮大な希望みたいなものを感じました」。
「お腹と背中がくっつくぐらいの空腹時に味わう食べ物の清らかさは、本当にすごいなと感動しました」
“おいしい食”をテーマにした本作にちなみ、誰かと食卓を囲んだ忘れられない思い出について聞くと、満島は「私はご飯を食べることが大好きだから、めちゃくちゃありますよ!」と屈託ない笑みを浮かべる。「たまに思い出すのが、いまでもずっと大好きな、亡き祖母が作ってくれたスペアリブとイカスミのスープです。小さいころに初めてこのスープを見た時、『え?墨汁?』と思ったのですが(笑)、飲んでみたらお出汁が利いていてすごくおいしくて。それはいまでも思い出の味です」。
また、ご自身にとっての“ささやかな幸せ”についても尋ねると、こちらも「いっぱいあります」と大きな瞳をくるくると動かす。「私は自分に子どもがいるわけじゃないので、甥っ子に会える時くらいですが、ミルクの匂いが残っているような子どもの頭の匂いをかぐのが好きです。弟は、小四までいけました(笑)。あと、こうやって…(とジェスチャーしながら)、自分の下唇で誰かのまつ毛を触るのも気持ちよくてすごく好きです。フェチズム的で、やばいですよね」と笑う。
さらに「風とか光とか、日々のちょっとした変化に気づくと幸せを感じますよね」と言う満島。「忙しい時に、目をつむって好きな景色を思い浮かべてプチトリップしたり。あとあの、道路にたまにキラキラしているところがあるじゃないですか、あれを見ると音楽とか宇宙を感じて楽しくなります」。
最後に、『川っぺりムコリッタ』の魅力をこう語ってくれた。「自然や動植物が平行線で描かれているところに、映画である必要を感じました。日常の1コマ1コマもすてきだし、映画ならではの次のカットに大胆に切り替わるのもすてきです。なにより余韻がたっぷり残るところが良いです」。
なかでも強烈だったのが、山田の部屋に、島田が畑で作っている野菜が投げ込まれるシーンだと言う。「薄暗い部屋で、山田は覇気なく寝転がっていましたが、そこに突然、ポンと投げ込まれるキュウリの緑とトマトの赤が鮮烈で、『うわーっ!』と驚きました。その時に『いいぞ、野菜!君のおかげで、この男はちょっと変わっちゃうぜ!』と野菜にガッツポーズをしたくなったんです。白米もそうで、『お米ってすごい!』と感心しました。決して高価なフルコースの映画ではないし、ギリギリの生活の、ギリギリの食事を描く映画だけど、お腹と背中がくっつくぐらいの空腹時に味わう食べ物の清らかさは、本当に幸せすぎて感動しました」。
表情豊かに、独自の言葉で本作の魅力を語ってくれた満島。とても心が豊かになれるアンサンブルドラマをぜひ堪能して。
取材・文/山崎伸子