企画意図は”現代韓国版「若草物語」”。韓国ドラマ「シスターズ」は富と権力、家族を描いた傑作ダークミステリーだ
現在Netflixで配信中のドラマ「シスターズ」が、韓国のみならず世界中で旋風を巻き起こしている。第1話の放送直後から絶賛の声が相次ぎ、10月2日放送の第10話で韓国の首都圏調べで11%を超え、最終話で最高視聴率11.1%を更新して有終の美を飾った。また配信データサイト「FlixPatrol」によると、9月20日には日本を含むアジアで1位を獲得し、NetflixのTV部門ワールドランキング8位を記録。10月に入っても常に10位圏内をキープしている。それもそのはず、本作は製作陣から俳優に至るまで、トップクリエイターと演技巧者が集結したハイレベルなドラマなのだ。
話を重ねるごとに吸引力を増す濃密なストーリー
「シスターズ」の主人公は、建設会社に経理として勤務する長女オ・インジュ(キム・ゴウン)、テレビ局の報道記者である次女オ・インギョン(ナム・ジヒョン)、芸術高校に通う末娘オ・イネ(パク・ジフ)の三姉妹だ。母親(パク・ジヨン)は「一人の女性として生きたい」と、姉妹の貯金を持って家出してしまった。ある日、インギョンは親しくしていた会社の先輩ファヨン(チュ・ジャヒョン)の疑惑多き死に遭遇すると共に、彼女から700億ウォンもの莫大な金を見つけてしまう。この巨万の富が三人を思いもよらない事件に巻き込み、運命を大きく狂わせていく。
マフィアの顧問を務める韓国系イタリア人の弁護士が、財産と利権を握る巨大組織と攻防を繰り広げる「ヴィンチェンツォ」などを手がけたヒットメーカーキム・ヒウォン監督と、長きにわたりパク・チャヌク監督作品を支えてきた脚本家チョン・ソギョンがタッグを組むことで話題となった本作は、アメリカの女流作家ルイーザ・メイ・オルコットの「若草物語」をベースに作られており、三姉妹が倹しい生活からどうにかして逃れようと奮闘する姿は四姉妹と重なるところがある。
tvNの「シスターズ」公式ホームページに記載されている企画意図には、「(「若草物語」の)姉妹を現代韓国に連れて来てみたかった。メグの現実感と虚栄心、 ジョーの正義感と共鳴する心、 エイミーの芸術感覚と野心は、 貧困をどのように突き抜け、どのように成長していくのだろうか」とある。「若草物語」は19世紀後半のアメリカが舞台で、競争社会と呼ばれて久しい現代の韓国は、四姉妹の時代とはまた異なるシビアで複雑な世界だ。ギャンブル好きの父のせいでオ家は常に困窮し、母も親としての役目を果たさなかったため、二人の姉は誰よりも妹を大切にしている。しかし、彼女たちから向けられる自己犠牲のような愛情は、イネに無力感を抱かせ、アイデンティティを見失わせてしまう。自分の力で生きていきたいと望むイネは、自分の画家として支援してくれる裕福な同級生ヒョリン(チョン・チェウン)の両親パク・ジェサン(オム・ギジュン)とウォン・サンア(オム・ジウォン)の元に身を寄せる。
エリート弁護士でソウル市長への野心を抱くジェサンは、“貧しくて可哀想な少女”としてイメージ戦略にイネを利用する。資本主義社会では、富める者はあらゆるやり方で持たざる者に寄生していくのだ。こうして「シスターズ」は、家族の葛藤というミニマムな視点で始まり、次第に世界を支配する巨大な力と対峙するというスケールアップした物語が展開する。ストーリーが進むほどに登場人物も増え複雑なドラマが紡がれていくにもかかわらず、チョン・ソギョンの脚本は破綻せず、見事に緻密さと緊迫感を保ち続けている。
想像をかき立てるアーティスティックなプロダクションデザイン
厚みある人物描写が織り成すドラマをさらに立体的にしたのが、チョン・ソギョンと同じく“パク・チャヌク組”のリュ・ソンヒ美術監督だ。三姉妹とパク・ジェサン一族という、貧困層と富裕層の対比的なキャラクターとその住まいの造型には、各空間が持つ差別化された世界観を表現するために如何に神経が使われたかが垣間見える。インジュは離婚を経験し、会社ではセレブリティの先輩や同僚からあからさまな疎外を受けている。インギョンは報道の仕事に誇りを持っているように見えるが、緊張や不安を感じたときに飲酒したことがきっかけでアルコールに依存し、ジェサンの裏の顔を暴こうとして先輩の女性記者に陥れられる。サンアから“拾ってきた子猫”と形容されるイネは、自分が利用されていることを理解している。彼女たちの住まいは、格差で抑圧する現代社会で傷ついた三姉妹を象徴するようだ。窓は一度開けると閉まらなくなり、床には蟻がたかり、浴室には奇妙な傾斜がついていて、室内の明かりは暗い。しかし、ドアさえ開け放てば平屋である家は、困難に遭っても寄り添い続ける三人の結束を表しているようだ。
一方、パク・ジェサンの豪邸は明るく、至る所に飾られた絵画や価値ある調度品が幸福そうな家族の風景を演出する。しかし、部屋と部屋をつなぐ階段は容易に踏み外して転げ落ちる危うさをはらんでいて、一族の関係や地位が脆いことを想起させる。そしてパク・チャヌク監督ファンなら誰もが目を奪われてしまうのが、リュ・ソンヒ美術監督の感性が行き届いた壁紙のデザインだ。『お嬢さん』(16)『オールド・ボーイ 4K』(03)でもその幻惑的な図像が作品のトーンを決めていたように、「シスターズ」にダークファンタジー的な色合いを加味している。パク・ジェサン家の壁には、作品の重要な鍵を握る謎の蘭が大胆にあしらわれている。一家にまつわる禍々しさが表現されていると同時に、虚飾に満ちた搾取階級のアレゴリーとしても機能している。
まるで本物の三姉妹?演技派女優たちの絆が高めた、作品の完成度
数多くの登場人物による欲望と野心、信念のドラマが展開する「シスターズ」で、物語を牽引する三姉妹を個性豊かに演じたのが、キム・ゴウン、ナム・ジヒョン、パク・ジフの三人の俳優だった。
ストーリーの中心となる重要な役、長女インジュ役のキム・ゴウンは、老詩人と少女の官能的な関係を綴った『ウンギョ 青い蜜』(12)のヒロインとして衝撃的なデビューを果たしたのち、『コインロッカーの女』(15)でキム・ヘス演じる犯罪組織のゴッドマザーと差し向かう少女を堂々と演じるなど、強烈な胆力を感じさせる俳優だ。青春音楽映画『サンセット・イン・マイ・ホームタウン』(18)で、故郷で親の介護に明け暮れる女性を演じていたキム・ゴウンの姿が目に留まり、本作に抜擢されたそうだ。台本を受け取った時、彼女はシーンごとのトーンをうまく表現できるのか悩んだというが、1~2ヶ月を猛然と撮影に没頭すると、次第に楽しさを感じ始めたという。金で家族を救うためになりふり構わないインジュの気迫に満ちた姿を、キム・ゴウンは強い説得力で演じている。時折見せるファニーな表情も、緊迫したドラマに緩急をつけるスパイスになっている。今後はウィ・ハジュン演じるコンサルタント、ドイルとの関係の行方も気になるところだ。インジュを手助けしながらも決して腹の底を見せない彼は、果たして味方なのか?
次女インギョンを演じたのは、子役出身で長い演技歴を持つナム・ジヒョン。ラブストーリーを中心にドラマで活躍を続けてきた彼女は、何度となく演技賞を受賞した経験のある実力派だ。チョン・ソギョンから渡された台本を「小説のよう」と表現し、読むたびに「こう書くこともできるんだ」と新鮮な驚きを得たという。パク・ジェサン一家が隠す巨大な闇に迫ろうとする彼女は、何度も卑劣な妨害に遭うが決してくじけない。芯の強さがにじむ眼差しの演技が実に印象的だ。
三女のイネに扮したパク・ジフは、2010年代における女性映画の傑作『はちどり』(18)で中学二年生の少女をみずみずしく演じ、高く評価された。大ヒットドラマ「今、私たちの学校は...」では、突如学校で発生したゾンビに立ち向かうジャンルものを演じたことで新境地を見せてくれた。貧しさからはい上がるために現実的な方法を取ろうとするイネは、三姉妹の中で最も冷静なキャラクターであるように思う。姉たちの愛情を疎ましがっていたイネだが、ヒョリンが両親から愛情を受けられず寂しい思いをしている姿を目にしたことで、やや心に変化が兆しているように見える。こうした繊細な演技は、まさにパク・ジフの真骨頂だ。
プロデューサーのキム・ヒウォンは、「撮影現場では、本物の姉妹のような雰囲気を醸し出していた。あまりに性格が良く演技力もすばらしい俳優たちで、お互いのことを最大限尊重しながら気持ちの良いアンサンブルを作りだしていた」と明かした。彼女たちの相乗効果が、ドラマのクオリティを一層高めたのだった。強大な富と権力に立ち向かう三姉妹の濃いドラマが、この秋多くのドラマファンの心をつかんだ。
文/荒井 南