ついに低迷期を脱出か?ニコラス・ケイジ、”かつて頂点を極めた世捨て人”役で魅せたリアリティ
奪われたブタを追う世捨て人役が紆余曲折のキャリアともリンク
そんなケイジにとって起死回生というべき作品が、製作・主演を兼ねた『PIG/ピッグ』である。オレゴンの山奥にこもり稀少なトリュフ狩りをしている元シェフのロブ(ケイジ)は、押し入ってきた2人組にトリュフ探しのブタを連れ去られてしまう。唯一の“家族”でもある愛ブタを奪われ激昂したロブは15年ぶりに下山。トリュフのバイヤーであるアミール(アレックス・ウルフ)を巻き込んで捜索を開始する。
「慟哭のリベンジスリラー」というキャッチが踊る本作をひと言で説明するなら、ブタ捜しを通してロブの素顔を解き明かしていく物語。裏社会の顔役から有名レストラン、小さなパン屋さんまで昔のツテを訪ね歩くなか、料理を極めた男がなぜすべてを捨てて山にこもったのか、どうしてブタを取り戻すことにこだわるのかが明かされていく。激しい見せ場もあるが、惨殺された妻の復讐を描いた『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(17)のようなバイオレンス系とは一線を画す、孤独な男の真摯な生き様に心打たれる作品に仕上がった。
そんな本作を支えているのがケイジの演技だ。不機嫌そうな表情で言葉少ないロブが時折見せる慈しみや悲しみ、哀れみの表情やセリフ回しで彼の人となりを伝える表現力は、演技派の面目躍如。街から姿を消したあとも至高のトリュフを獲ることで人知れず街の食を支え続けるロブの存在も、B級映画にも正面から向き合い続けるケイジ自身と重ってファンならグッとくるはずだ。
演技を超えたリアリティを感じさせる子どもとの向き合い方
本作はブタ捜しの過程でもう一つのドラマが生まれていく。それがロブとアミールの関係だ。街の大物である父親から疎まれているアミールは、自分だけの力で成功をつかもうと必死な意識高い系。ロブを「トリュフ獲りだけが取り柄の老いぼれ」扱いしていたが、彼と深く関わるなかでしだいに尊敬の念を抱いていく。当初ギスギスしていた2人の関係が変わりゆく様も見どころで、ロブがアミールにとびきりの贈り物をするクライマックスは“慟哭”のコピーに恥じない盛り上がりとなっていく。
振り返れば娘と共に自警活動に精を出す『キックアス』(10)や誘拐された娘を追う『ゲットバック』(12)など、ケイジにとって子ども思いの父親はハマリ役。困ったような表情がトレードマークの彼は、リーアム・ニーソンやウィル・スミスなど自信ありげな面持ちのスターと違って親近感もハンパない。私生活でも2人の息子の父親で、アルコールやドラッグに溺れた長男のロック歌手ウェストン・ケイジをリハビリ施設に入るよう促したという逸話もあるだけに、問題児を持つ父役は演技を超えたリアリティを持つのだろう。
2021年には31歳年下の若手女優、芝田璃子と5度目の結婚をしたケイジ。今年の9月、58歳にして初の女の子である3人目の子どもを授かった彼にとって2020年代は新たな船出となるはず。『PIG/ピッグ』で幸先のよいスタートを切った“アラ還”ケイジはどんな飛躍を見せるのか、これからの活躍が楽しみだ。
文/神武団四郎