小津安二郎的世界で『ブレードランナー』を描く?A24の異色SF『アフター・ヤン』に脈打つアジアのルーツ
「テクノ」と呼ばれる人型ロボットが一般家庭に普及した近未来。夫のジェイク(コリン・ファレル)、妻のカイラ(ジョディ・ターナー=スミス)は、幼い養女ミカ(マレヤ・エマ・チャンドラウィジャヤ)と幸福な日々を送っていた。しかし、ベビーシッターとして家族の大切な一員となっていたロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)が突然故障してから、彼を兄のように慕っていたミカはすっかり塞ぎ込んでしまう。そこでヤンを修理に出すと、彼に内蔵されていたメモリバンクに、膨大な数の動画ファイルが見つかった。ヤンが家族に向けた優しい眼差し、そして彼が秘かに育んでいた愛の形とは。
気鋭の映像作家が描く「小津的」日常とロボットSFの融合
尖鋭的なアート性と娯楽性の絶妙なバランスで、絶大な人気を博す映画会社A24が贈るSFヒューマンドラマの傑作『アフター・ヤン』(公開中)。原作は米国の作家、アレクサンダー・ワインスタインの短篇小説「Saying Goodbye to Yang」。アンドロイドやヒューマノイド、あるいはレプリカントなどと呼称される高度な知性を持った人型ロボットがメインで登場し、「人間(性)とはなにか?」と哲学的に問う映画は、フィリップ・K・ディック原作、リドリー・スコット監督による『ブレードランナー』(82)辺りが嚆矢だろうか。そして最近、AI(人工知能)が我々の実生活に浸透してくるにつれ、例えばアレックス・ガーランド監督のイギリス映画『エクス・マキナ』(15)やドイツ製作のマリア・シュラーダー監督作『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』(21)など、等身大の日常のリアリズムをベースとしたロボットSFは、一つの潮流と言えるほどの新ジャンルとなっている。
『アフター・ヤン』はその流れのなかでもとりわけユニークな成果だ。監督は韓国系アメリカ人のコゴナダ(kogonada)。モダニズム建築が立ち並ぶ都市空間を背景に男女の一期一会的な出会いを描く『コロンバス』(17)で長編デビューした彼は、日本を舞台にしたApple TV+のドラマシリーズ「Pachinko パチンコ」(22)の監督(ジャスティン・チョンとの共同)としても知られるが、もともとは映画の研究者。小津安二郎をこよなく敬愛し、自身の名前は小津と唯一無二のタッグを組んでいた脚本家の野田高梧(=コウゴ・ノダ)にちなんでいる。こういった下地からも、「まるで小津安二郎監督がアメリカのSF映画を作ったかのような味わい」というハリウッド・リポーター誌の『アフター・ヤン』レビューなどは必然の評言と言えるだろう。
とはいえ、ローアングルや正面切り返しといった小津独特の演出スタイルを模倣しているわけではない。むしろ、おもに西洋で「小津的」とイメージされる侘び寂びの感覚や、静謐なミニマリズムで家族の肖像を綴っているのが特徴だ。空間の体感性やゆるやかな時間の流れは、ある種、現代アートのインスタレーションで上映される映像作品のようでもある。そこで浮かび上がってくるのは、すべてのものに命が宿るとする東洋的な世界観、あるいはアジア的な美意識や精神性といったものではなかろうか。