小津安二郎的世界で『ブレードランナー』を描く?A24の異色SF『アフター・ヤン』に脈打つアジアのルーツ
人型ロボットというモチーフで語る「人間らしさ」への回帰と東洋やアジアのルーツ
主人公一家の父―コリン・ファレル扮するジェイクは白人男性だが、古来の中国文化に深く傾倒しており、茶葉の販売店を営んでいる(拉麺を食べて「美味いよ…心が落ち着く」と呟くシーンもある)。妻の黒人女性、カイラも同様で、家族に迎えている養女のミカは中国系だ。そして人型ロボットのヤンは、韓国系アメリカ人二世のジャスティン・H・ミンが扮し、老子の言葉を引用したり、幼いミカにアジアの文化や歴史について教えている。
もちろんヤンはテクノロジーの結晶であるわけだが、むしろ人間以上に、自然の一部として生きることを希求しているように見える。そして故障で動かなくなったヤンのメモリバンクにあった動画ファイル、つまり彼の「記憶」のなかには、恋していた相手―ブロンドの白人女性、エイダ(コゴナダ監督の前作『コロンバス』で主演を務めたヘイリー・ルー・リチャードソンが演じる)の姿が頻繁に映っているのだった。
言わば人型ロボットというモチーフを通して、肉体を超えた「心」や「魂」が可視化される。テクノロジーと共存するデジタル化時代が進めば進むほど、必要なのは人間らしさだという原点回帰をコゴナダ監督は説いているようだ。そしてその大いなるヒントとして、東洋やアジアのルーツが参照される。ヤン役のジャスティン・H・ミンは、「アジア人としてのアイデンティティ」について探究しながらこの役を演じたと語っている。
なお、オリジナルテーマ曲「Memory Bank」を提供したのは坂本龍一。また音楽を手掛けるAska Matsumiyaのアレンジにより、岩井俊二監督の名作『リリイ・シュシュのすべて』(01)のエンディング曲「グライド」(作詞・作曲:小林武史)をフィーチャー。Mitskiが歌う美しいカヴァーとして甦らせた。劇中でもミカがちらっと歌うシーンがあるので、目も耳も澄まして観ていただきたい。
文/森直人