「舞台は生で観る体験だけがすばらしいわけではない」舞台芸術の可能性を広げる「EPAD」の活動とは?
「誰もが舞台作品を見るチャンスがあるという平等性、幸せをみなさんに届けたいと思っています」
EPADのもとに集まった配信可能化作品は、国際交流基金のSTAGE BEYOND BORDERS(SBB)プロジェクトのYouTube(50本を配信開始期間から1年間、無料で国内外から閲覧可能)や、U-NEXT、ビデオマーケット、MIRAILといった映像配信プラットホームで観ることができる。「バリエーションに富んだ作品がラインナップできるよう、意識している」そうで、2022年度は能、舞踊から漫画原作の商業作品まで広く集まった。
「ぜひ見て欲しいなと思っているのが、“劇場にその時来られなかったけど、(その作品を)観たかった人”」だと語るとおり、各種配信プラットホームでの公開に加え、THEATRE for ALLとの連携、SBB配信動画での日本語を含めた7言語字幕など、アクセシビリティに配慮した配信により、物理的な距離をはじめ、様々な事情で劇場に来られなかった人が作品を楽しめるチャンスが生まれている。
なかでもSBBにおいてミュージカル「『刀剣乱舞』髭切膝丸 双騎出陣 2020~SOGA~」が118万回再生(※2022年11月22日現在)を超えるなど、すべての作品が舞台映像としては異例の規模の視聴数を集めた。が、視聴数のみにとどまらない手応えも感じているという。「『刀剣乱舞』には、海外からのコメントが沢山ついていて、配信のお礼や「『刀剣乱舞』を日本代表として選んでくれてうれしい!』といった反応をくれました。それを見て、日本文化の代表っていっても、いろいろな切り口があるよね、なにかがつながった感じがしました。またSBBの映像を見た海外のフェスティバルから、現地で一緒にクリエイションしたいというオファーが届いたり、台湾の学生からは上演許諾の申請が来たり、映像から始まるチャンスが生まれています」。
現在活躍する多くのクリエイターにとっても、NHKの「芸術劇場」(1959~2011)など、映像を通じた観劇体験は大きな刺激を与えてきたという。「映像すら観ることができなくても、舞台芸術の”音”を聴いていたという人もいます。誰もが東京でライブエンタメを見られるわけじゃないけど、いま見られるチャンスがあるという平等性、幸せをみなさんに届けられたらと思っています」。
上演作品の配信化は、観劇に生じたさまざまなハードルを解消し、未見の作品に出会うきっかけとなる。一方で、映像作品としての演劇公演は、あくまで「当時、上演を観られなかったかわりに」観るだけのものなのだろうか。「公演を生で観られる人は限られていること、その体験だけがすばらしいと言うのはおこがましいという前提を、私は持っています。舞台を観る権利は誰にでもある。ただクリエイターの、演劇が”生”であることを尊いと思う気持ちについても、もちろんそうだという意識もあって。『生か映像か』の二択じゃない回答があるんじゃないか?というトライアルの中に、8KとDolby Atmosでの収録があります」
公演の高品質映像・立体音響での新規収録は、2021年度から始まった事業の一環。収集作品と同様にアーカイブ化や配信可能化に加え、上映会も実施している。先日は、2022年に東京を皮切りに全国各地で公演を行ったマームとジプシー「cocoon」(初演2014年、再再演2022年)の、新規収録映像をスタジオ視聴したという。
「Dolby Atmosは、本当にすごいです。『cocoon』のその時の映像は4Kだったにもかかわらず、すごい体験でした。これは一つの別分野ができるかもしれません。もちろん現場は大変で、『三好さん、いまDolby Atmosに対応している演劇なんてないですよ』と現場のスタッフから不満を言われたりすることもあるのですが(笑)、『cocoon』の出来上がりを観ると、本当にやってよかったと思いました」と手応えを語る。
「主宰の藤田(貴大)さんに感動を伝えたら、『8Kで撮られた映像を、役者がすごく楽しみにしている』と言ってくださったんですよね。コロナ禍で公演中止や延期を経て、彼らが命がけで作ったものを残せて、本当によかったなと思います」。テクノロジーが可能にした、生の役者たちが作り上げるいまここにしかない空間を未来に残すための試みは、演劇の新しい可能性を広げている。高品質収録については、ほかにスターダンサーズ・バレエ団やこまつ座の諸作品を収録、配信可能化も予定している。
EPAD事業はこれまでに1700本の作品収集を達成したが、大規模なデジタルデバイスの摩耗が予測される2025年に向け、最終的には3000本近くを目指しているという。高品質での新規収録も含めた、「貴重なものを収集して未来に残していく」という取り組みを続けるほか、権利処理サポートについても続けていく。
さらに、事業初期から連携している早稲田大学演劇博物館に加え、今後は映像や資料を持つ他大学とも連携を視野に入れている。そこで見えてくるのは、学術や教育分野も含めた、EPAD事業の舞台芸術業界における役割だ。
「学術・非営利利用の場合でも、『ここまで利用できる』というラインが決まると、他大学の授業などで出せる映像が増えていく。その大学のなかだけで見られるのではなく、EPADという中間機関に集まることによって、使える人が増える。EPADは、ジャンクション(交差点)のような役割を目指しています。2020年から2022年にかけても少し意識が変わってきたと思うので、2025年、2026年ぐらいにはもっと意識が変わってくることを期待しています」。
取材・文/北原美那