『ファミリア』で親子を演じた役所広司と吉沢亮。俳優業のやりがいは「ずっと満足できないこと」
「こういう現実が身近にあるということを知ってもらえるだけで、すごく意義があると思います」(吉沢)
――脚本家のいながききよたか氏が、身近な出来事や事件に触発されて紡いだストーリーであることについては、お2人はどう感じましたか?
役所「実際に起きた事件や出来事をヒントにして作ったということは、現実に似たような経験をしている人たちがいるわけで。そういった方たちを傷つけないように映画で表現するというのは、本当にデリケートな作業になるんですよね。俳優である僕らの仕事は、作家が表現したい世界のパーツの一部として、自分が演じるキャラクターをちゃんと生きている人間に見えるように肉付けしていくこと。それがだんだん一つの方向にまとまって、監督が観客に伝えたいメッセージにつながるんじゃないかと思っています。そういう意味では、この映画を観た方たちが、ふと『日本はこれからどうしていけばいいのだろうか…』と考えてくれたなら、僕らとしては大成功なんだろうなと思います」
吉沢「僕自身も勉強不足でこんなことが自分の国で起きているとは知らなくて。もちろん映画はエンタテインメントではあるんですが、まずはこういった現実が身近にあるということを、映画を通じて観客に知ってもらえるだけで、すごく意義があることなんじゃないかと思います」
――在日ブラジル人のマルコス役のサガエルカスさんや、エリカ役のワケドファジレさん、ナディア役を演じたアリまらい果さんらは、オーディションで選ばれたそうですね。今回演技に初挑戦された俳優さんたちとご一緒されてみて、どんなことを感じましたか?
役所「撮影に入る前に、『Familia 保見団地』(Vice Media Japan)というノンフィクションの写真集も見せてもらったんですが、在日ブラジル人の方たちと実際に会ってみると、みんなすごく人懐っこくてね。新人俳優というか、そもそも俳優を目指してたのかどうかもわかりませんけど(笑)、彼らは監督のもとで一生懸命リハーサルを重ねて、ちゃんと訓練してから現場に来てました。でもきっと、映画を観ている方はドキュメンタリーを観ているような気持ちになりますよね。『俳優はデビュー作を超えられない』とよく言われたりしますが、今回の映画で彼らが演じた役柄というのは、まさにいまの彼らにしかできない役であり、彼らは“当事者である”という大きな武器を持っている。共演者としてはちょっと危機感すら覚える存在というかね。こっちはもうすっかり垢がついてますから(笑)。彼らに付き合ってリテイクすることはあっても、僕らがNGを出すわけにはいかないですしね(笑)」
吉沢「確かに、普段よりプレッシャーがかかりました(笑)」
役所「それに、いくら監督に怒られても、全然暗くならないところが彼らのすごくいいところで。こっちはなにを言ってるのかさっぱりわからないんだけど、ポルトガル語で、仲間とゲラゲラ笑ってしゃべったりしていてね。そういったところに、たくましさを感じました」
吉沢「素敵でした。まさに彼らにしかできないというか、お芝居を超えた生活感みたいなものもすごく感じたし。コロナ禍で撮影が一旦中止になった時も『彼らのすばらしさを観客に届けるためにも、絶対に撮り切らなきゃいけない』と思わされるほどの存在感でした」
役所「それこそ彼らはクランクアップの時に、『これから俳優としてやっていきたい』ということを口々に言い出して。頑張ったからこそ、芝居のおもしろさを感じているんでしょうけど、そうなってくると、この世界に彼らを引きずり込んだ成島監督の責任問題にもなってきますよね(笑)。監督がちゃんと面倒を見るつもりならいいけど(笑)。デビュー作では大事にしてもらえても、ほかの組の現場に行ったらどうなるかわからないから」
吉沢「たしかにそうですよね」
役所「でもやるんだったら、彼らには本気で頑張ってほしいなと思います」
――俳優の大先輩であるお2人が、この仕事の厳しさや醍醐味を彼らに伝えるとしたら?
役所「まあ…口幅ったいけど、僕自身がいち観客として日々いろんな映画から影響を受けているのと同じように、自分たちが作ってきたものを観てくれた人たちが、生きていく勇気を持ってくれたりするのかもしれない…ということを考えるとかね。そういった部分だけを抜き出せば、俳優って本当にいい仕事だなぁと思うんですよ。それこそ僕自身も、映画を観終わって映画館から出ていく時、映画館に入ってきた時より前向きな気持ちになったりしますし。自分がそう感じる時は、俳優である身として、誇らしいなぁと思います。でも、いざ自分が俳優をやるとなると、これがなかなかねぇ…(苦笑)。常に、もっと、もっと!って、思うじゃないですか。『なんで俺はもっとうまくできないんだろう…?』とか、自問自答したりもするしね」
吉沢「役所さんでも、そんなふうに苦しんでいらっしゃるのかって思うと、なんだか安心します(笑)。僕なんてもう、日々そんなことの連続というか。『うわあああ~。もっともっとやりたいのに、監督がいまのでOK!って言っちゃった』みたいなことばっかりなので」
役所「安心するか(笑)。でもまあ『次、頑張ろう!』って気持ちを切り替えるしかないよね。そうやって考えてみると、こんなふうにずっと満足できないからこそ、この仕事をこれだけ長く続けているのかもしれないです。俳優の仕事は自分一人で机の前で台本を読んでいるだけじゃ成立しないものだし。現場で共演者の方たちと向き合った時、自分ではまったく想像もしていなかったようなエネルギーを受け取れることが喜びでもありますから。俳優を続けている限り、この苦しみに耐え続けるしかないんでしょうね(笑)」
取材・文/渡邊玲子