「Ruby」開発者・まつもとゆきひろが語る、「Winny」事件の理不尽な逮捕劇「プログラミングを奪われることほど残酷なことはない」

インタビュー

「Ruby」開発者・まつもとゆきひろが語る、「Winny」事件の理不尽な逮捕劇「プログラミングを奪われることほど残酷なことはない」

「登場人物の方々には金子さんのようなプログラマーへの理解がまだ足りない」

――金子さんを演じた東出昌大さん、壇弁護士を演じた三浦貴大らキャストの方々の演技はどのように映りましたか。

金子が生前使用していたメガネや腕時計を借りて、本作の撮影に臨んだという東出
金子が生前使用していたメガネや腕時計を借りて、本作の撮影に臨んだという東出[c] 2023 映画「Winny」製作委員会[c]Winny 弁護団提供

「金子さんとは共通の知人はいたのですが、結局、お会いすることができないままお亡くなりになられました(2011年に無罪判決を勝ち取ったのち、2013年に42歳で死去)。なので、ご本人に似ているかはわからないのですが、東出さんは非常に自然な演技をされていて、きっと金子さんはこんな雰囲気だったんだろうなと思いました」

――弁護団の方々、特に壇弁護士の存在はとても頼もしく映りました。

「金子さんの立場からすると、社会全体に糾弾されるなかで壇弁護士の助けは非常に心強かったと思います。私自身を含めてプログラマーは法律に詳しいとは言えないので、劇中の金子さんのように、取り調べ中に誘導されて(自身にとって不利になる)書類にサインしてしまうこともありえないとは言えません。ただ、壇さんをはじめ、登場人物の方々には金子さんのようなプログラマーへの理解が、まだまだ足りないとも感じました」

吹越満演じる凄腕のベテラン弁護士、秋田真志
吹越満演じる凄腕のベテラン弁護士、秋田真志[c]2023 映画「Winny」製作委員会

――プログラミングを取り上げられると生きる術さえも失ってしまう、プログラマーの性質のようなことでしょうか。

「例えるなら、金子さんが『レインマン』の主人公のように映りました。ダスティン・ホフマンが演じたレイモンドはサヴァン症候群という設定で、あくまで別物ですが。すごい能力を持っていることは認識されているのですが、やはり異質なものとして見られています。プログラマーをそれと同じような異物として見る視線を、警察や検察、裁判官だけでなく、チームとして関係を築いていた弁護団側からも感じる部分がありました。プログラマーという生き方を理解してもらうのは、やはり難しいことなのかもしれません」

ダスティン・ホフマンがサヴァン症候群のレイモンドを演じた『レインマン』(88)
ダスティン・ホフマンがサヴァン症候群のレイモンドを演じた『レインマン』(88)[c]EVERETT/AFLO

「金子さんが作りだしていたかもしれない多くの技術を私たちは失ってしまったのかもしれない」

――事件当時、「Winny」はどのようなところが革新的だったのでしょうか。

「『Winny』はPeer-to-Peer、いわゆるP2Pという技術を応用したファイル共有ソフトです。これはネットワークにつながれた不特定多数の端末が、サーバーを介さずに端末同士で直接データファイルを共有できる技術で、当時も同様のソフトウェアは世界中にあったのですが、中心になるサーバーをまったく持たないという意味では、すこしユニークな技術だったのかもしれません。そういう技術的な意味を含めて、日本のドメスティックなものとしては、価値のあるものだったという認識です」

――劇中にはYouTubeが普及し始めていたことにも言及されていましたが、「Winny」が将来的にこれらに代わるサービスになった可能性はあったのでしょうか。

金子の逮捕によって日本はなにを失ったのか?
金子の逮捕によって日本はなにを失ったのか?[c]2023 映画「Winny」製作委員会


「一連の報道もあって、P2Pという技術が日本でネガティブなイメージを持たれ、そのまま誤解を正すことはできず、テクノロジーの発展を阻害してしまいました。もしものことなので断言はできませんが、新しいサービスになり得た可能性はあったと言えるでしょう。ただ金子さん自身は、映画にも出てきたフライトシミュレーターや格闘ゲームのようなシミュレーション環境を専門にしていて、『Winny』のようなネットワークの分野は、もともとは専門外であったが、試しにやってみたらできてしまったという経緯もあるみたいです。

なので、逮捕されていなければ、いずれ『Winny』に飽きて別のことに取り組んでいた現在もありえます。金子さんは逮捕から約7年かけて無実を勝ち取りますが、その約2年後に亡くなってしまいます。P2Pに限らず彼が新たに作り出していただろう多くの技術を、私たちは失ってしまったのかもしれないですね」

■まつもとゆきひろ
株式会社ネットワーク応用通信研究所フェロー、Rubyアソシエーション理事長など、肩書多数。プログラミング言語デザインの第一人者であり、英語圏では「Matz」の愛称で知られている。自身が開発したプログラミング言語「Ruby」は、国際電気標準会議(IEC)で国際規格として認証されるなど、世界中のユーザーに支持されている。

ネット史上最大の事件を目撃せよ!『Winny』特集【PR】
作品情報へ

関連作品

  • Winny

    4.2
    1123
    東出昌大×三浦貴大ダブル主演で、ブロックチェーン技術の先駆けと言われた「Winny」事件を描く
    U-NEXT