「Ruby」開発者・まつもとゆきひろが語る、「Winny」事件の理不尽な逮捕劇「プログラミングを奪われることほど残酷なことはない」
「国家権力に理解いただけない怖さのようなものはあります」
――「Winny」事件を踏まえて、私たちに求められるユーザーリテラシーはどのようなことだと思いますか。
「『Winny』は違法な使われ方をしましたが、問題があったのは必ずしもユーザーリテラシーだけではなかったのではないでしょうか。むしろ当時のメディアが、これを使えば無料でダウンロードできてしまうと煽る形で報道してしまったことや、警察、検察、裁判所の対応に責任はあると思います。
特に後者ですが、民間感覚というか専門家を交えた判断をしてほしいなと思います。劇中では『Winny』のネットワークを追跡して、違法アップロードした人を見つけだしていたので、テクノロジーに関する知識や技術がまったくないわけではないはずなのですが…」
――調査をしたり、裁く側にも相当の理解が必要ということですね。
「ソフトウェアのような専門的な分野だと特に矛盾がない判断が必要なのですが、国家権力に理解いただけない怖さのようなものはありますね。実際に『Ruby』で『トロイの木馬』を作った人はいました。私に責任が及ぶようなことはありませんでしたが、金子さんと同じ目に遭う可能性はゼロではないわけで…。そうなれば、『Ruby』の評価も急落しますし、何十年もかけて作った努力や成果もチャラになってしまうと想像するだけで、すごく恐ろしいです」
「組織のために人間の尊厳を奪っていないだろうか?と振り返る重要性」
――お話を伺い「Winny」事件に関する理不尽さを痛感させられました。本作をご覧になる方にはどのようなものを感じ取ってもらいたいですか。
「エンタテインメントですからね。観る人それぞれが自由な感想を持っていいと思います。ただ、あえて言うなら、この作品では警察ジャーナリストの仙波敏郎さんが(警官時代に)愛媛県警による裏金作りを告発した事件も並行して描かれていましたが、おそらく脚本の意図としては組織の怖さみたいなものを表現したかったんだと考えています。組織に属していると組織自体の面子や保身のために、時として超えてはならないラインを踏み越えてしまうこともあるんだというメッセージです。警察だけじゃないのですが、私たち個人の多くが組織の中で生きているなかで、『組織のために人間の尊厳を奪っていないだろうか?』と振り返る重要性の気づきを与えてくれると思います」
取材・文/平尾嘉浩
株式会社ネットワーク応用通信研究所フェロー、Rubyアソシエーション理事長など、肩書多数。プログラミング言語デザインの第一人者であり、英語圏では「Matz」の愛称で知られている。自身が開発したプログラミング言語「Ruby」は、国際電気標準会議(IEC)で国際規格として認証されるなど、世界中のユーザーに支持されている。