知られざる生々しい実像に、その輝きの根源を知る…ファン必見の映画『オードリー・ヘプバーン』を解説
人生を自分らしく生き、美しく締めくくるための秘訣が学べる
さらに、幼かったオードリーが父親に捨てられたトラウマを生涯引きずり、それが2度の結婚生活と仕事よりも家庭を優先する生き方に影響を与えていたことが、縁の人々のコメントにより詳らかにされる。彼らのコメントは時に痛烈だ。しかし、本作で最もショッキングなのは、オードリー本人が人生の辛い思い出を生々しく語っている部分だ。例えば、2人目の夫でイタリア人の精神科医、アンドレア・ドッティの度重なる浮気(相手は200人にも及んだとか)について聞かれた時の言葉だ。曰く、「男も人間だから女と同じように弱さがある。だから非難してもダメだし、型にはめようとしてもダメ」。そう自分に言い聞かせるオードリーだが、直後、「愛せる相手を見つけただけでも幸運なの」と気持ちを切り替える賢さも兼ね備えていた。苦しみの向こうにあるポジティプシンキングこそが、オードリー・ヘプバーンという生き方の原点だったことが映像の端々からは伝わってくる。その高揚感が半端ない。
戦時下での飢えと恐怖に苦しんだ思い出を、ハリウッドデビュー作『ローマの休日』(53)のスクリーンテストの際に笑って振り返るユーモラスなオードリー、角ばった顔と突き出た鎖骨をカバーするために生み出された、独特のアイメイクとネックラインの処理により永遠のファッションスターとしての地位を獲得した賢いオードリー、演技レッスンを受けずに女優デビューしたコンプレックスを跳ね返し、自分の中にある感情を役柄の感情に擦り合わせることで人々に感動を与え続けた天才、オードリー、女優としての仕事をほぼやり終えた後、ただ人々の視線から遠ざかるのではなく、ユニセフの親善大使となり、飢えた子供たちのために晩年を捧げた天使のようなオードリー。全てはネガティブからポジティブへのシフト。これを見ると、人生を自分らしく生き、美しく締めくくるための秘訣が学べる。オードリーが亡くなった翌年の1994年に生まれた監督のヘレナ・コーンが、特に同世代の女性たちに対して発したメッセージには強い説得力がある。
製作にあたり、コーンはオードリーのインタビュー音源を探して世界中のジャーナリストを虱潰しにあたり、唯一、ベストセラー作家としても知られるグレン・プラスキン(キャサリン・ヘプバーンやエリザベス・テーラーへのインタビューで有名)が提供してくれたオードリーの肉声を、大胆にもドキュメンタリーのナレーションに使っている。オードリーが、あの独特のハスキーボイスで語りかける数々の言葉は、時に憂を帯びて観る者の心に突き刺さる。Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX」で現在配信中の吹替版でオードリーを演じているのは、長年オードリーを担当してきた声優の池田昌子さんだ。池田さんはこう言う。「彼女はどの役でも活き活きしているので、生まれ持った天性の力、魅力を皆さんにも感じ取っていただけたらと思います。」
池田さんは理解しているのだ。オードリーの感情表現が誰かから学び取ったものではなく、天性のものだと言うことを。声質こそ違え、感情を伝えようとする情熱が伝わる吹替版も、ファンにとっては貴重な体験になるはずだ。
文/清藤秀人