相撲ファンも唸った!「サンクチュアリ -聖域-」の特異性を改めて考える
嘘のない稽古によって作り上げられた力士の体と取組のダイナミズム
冬の光を透かし、土と汗にまみれた力士たちの背中から乳白の湯気が立つ。寒稽古がふとそんな情趣に映える頃、小瀬あらため猿桜の肉体も覇気を帯びる。彼だけじゃない。主役を張る元格闘家の俳優、一ノ瀬ワタルを筆頭に、アメフト選手やレスラーなど、経歴の異なる者らが撮入1年前からトレーニングを重ね、撮影中も現場が終われば道場へ。約2年半の、嘘のない稽古の成果が、裸形の肉体アクションとしてここに刻印=ドキュメントされている。猿桜が猿将親方直々に、腰を落として低く当たる立ち合いのキモを学ぶのが全8話の7話目。Netflixドラマだから可能な本格相撲ドラマの希少性を胸に留めたい。
猿将部屋の仇敵たる、犬嶋親方の腹心率いる悪の軍団の総大将、馬狩(岩元駿介)。馬狩対猿桜の本場所の取組は、相撲漫画の源流「のたり松太郎」や「ああ播磨灘」ばりのケレン味たっぷりの劇画調ダイナミズム!かつて横綱・千代の富士が背中向きの寺尾を送りだせば済むものを土俵上で豪快に釣り落としてみせたように、つんのめる馬狩を猿桜が背後から廻しを掴んで土俵に引き戻し、国技館の精巧な大セットのなかで胸のすく飛び芸を決める。そこには、過剰なほど贅沢な虚実の追求がある。
最強のライバルと対峙し、変わり始める猿桜たち
松太郎と凸凹コンビになる相棒、ハナ垂れ小僧の田中ポジションは、ここでは柔弱な相撲少年の清水(染谷将太)だろう。この底抜けの善人の放射状に、性格俳優を潤沢に使って多彩なヒールが配される。猿桜のキャラクターも、輪島、北尾、朝青龍といった歴代のトラブルメーカー横綱を参考にしたという。筋金入りのヒール嗜好の別格は、一見、好々爺のタニマチ、人気大関を抱えたエリート部屋を陰で操る新興宗教の教祖役、笹野高史だ。大相撲裏面史の虚実を連想させ、実に怖い。
一方、無敗のライバル、静内(住洋樹)の張り手に耳を引きちぎられた恐怖から癒えぬまま、復活した猿桜は、己の肉体をいじめ抜く。膝を壊し、引退を控えた苦労人で元小結の兄弟子が胸を貸す。荒稽古を終えると、掃き清められた静寂の土俵に深々と一礼する。アクションの小気味いいカッティングに、国嶋の「変わり始める部屋」のルポ記事がナレーション風に乗っかる。朝まだきの坂道を猿桜たちは嬉々としてウサギ跳びやランニングまで始める。使う筋肉が力士は違うから走ったりしない、と言うなかれ。ここでは一貫して、相撲界の現実以上に、ドラマを活性化する虚実皮膜のフィクション内現実こそが肝要なのだ。
何度目かの冬がめぐり、初場所初日。猿桜対静内の再戦カードが組まれ、両者立ち合う刹那にシーズン1は幕を下ろす。2人の連勝街道が途絶え、番付もまだ三段目と幕下の間を行き来する頃合い。客もまばらだが、ドラマの節目となる一戦だ。シーズン2は、国嶋がなにより惹かれた、土俵と相撲の心沸き立つ精華から始まってほしい。猿将親方から学んだ立ち合いの奥義によって静内の必殺の張り手をかいくぐり、巨漢の懐に猿桜が低く潜って大技を仕掛ける。そんなふうに、技能と力量が瞬時、渾然と溶け合うような。
文/後藤岳史