“驚き”の連続だった宮崎駿監督『君たちはどう生きるか』をレビュー!同名小説との関係とは?
ポスタービジュアル以外の情報が一切明かされず公開を迎えた、宮崎駿監督10年ぶりの最新作『君たちはどう生きるか』(公開中)。朝一番で鑑賞してきたが、「胸熱」という言葉が陳腐に思えるほど、ものすごくエネルギッシュな映画となっていた。最初にお伝えしたいのが、真の天才は年齢を重ねても才能が枯渇することなんてないのか!という発見だ。宮崎駿、御年82歳。これで本当に引退となるのか?という疑問すら抱いた。
本作をすでに鑑賞している方は、なんの前情報もなく観に行ったはずだ。宮崎監督と二人三脚で歩んできたスタジオジブリの鈴木敏夫は、言わずと知れたメディアミックスの一時代を作り上げたプロデューサーだが、本作においては「宣伝は一切しない」という奇策に出た。手がかりは、宮崎監督がとても影響を受けたという吉野源三郎の児童小説「君たちはどう生きるか」からタイトルを取ったことくらい。だからこそ、蓋を開けてみると、ありとあらゆるところでいろいろな“驚き”が待ち構えていた。
若手俳優、山時聡真が主人公に大抜擢!木村拓哉、菅田将暉の配役も新鮮
「まっさらな気持ちで観てほしい」という鈴木プロデューサーの言葉に、確かにうなずける作品であったが、本稿では少しだけ、気になったポイントをお伝えしておこう。まずは、本作のエンドロールで初めて明らかになった声優陣について。
主人公の牧眞人(まき・まひと)を演じるのは、俳優の山時聡真。現在18歳の山時は子役出身で、NHKの連続テレビ小説「エール」や『ラーゲリより愛を込めて』(22)などに出演しているが、本作では繊細さと力強さをあわせもつ少年を見事に体現していた。
加えて、菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、木村拓哉、竹下景子、風吹ジュン、阿川佐和子、大竹しのぶほか、なんとも豪華な顔ぶれとなった。特筆すべきは、菅田や木村の役どころで、「そうきたか!」というまさにキャスティングの妙となり、観る者に新鮮な印象を与えてくれる。
また、主題歌は米津玄師の「地球儀」で、宮崎駿監督が本日、スタジオジブリ公式ツイッターアカウントに直筆メッセージで感謝のメッセージをアップしている。この主題歌は物語に寄り添ったものとなっていて、本作の世界観やメッセージをより豊かに彩ってくれる。
小説「君たちはどう生きるか」がどう関わってくる?
時代背景は、太平洋戦争中の1944年。主人公の少年、牧眞人は、空襲の火災によって母親を亡くし、軍事工場を経営する父親と共に郊外に疎開。そこで眞人は父の再婚相手である新しい母と出会うが、彼女は身ごもっていて、眞人としては複雑な想いを抱いてしまう。
さらに転校先の学校ではいじめられ、孤立していく眞人だが、ある日、疎開先の屋敷で「君たちはどう生きるか」というタイトルの1冊の本を見つけ、感銘を受ける。そんな眞人の前に「母があなたを待っている」と、人間の言葉を話すアオサギが現れ、彼をある洋館へと導いていく。
奇しくもロシア・ウクライナ戦争の真っ只中であるだけに、観るといろんな感情が湧いてくる。特に、火を描く表現が進化を遂げている分、炎の高い温度まで伝わってきて思わず息を呑む。同名小説「君たちはどう生きるか」が劇中にも登場するが、いわば宮崎監督は、本作の主人公に、若きころの自分自身を投影させたのではないだろうか。確かに時代を経ても色褪せない小説だが、現代だからこそ、より一層、いまを生きる私たちに大切なメッセージをクサビとして打ち付けてくる気がする。小説と映画は、まったく違う物語だが、根底に流れるテーマは非常にシンクロするのだ。
また、主人公の眞人が、『風の谷のナウシカ』(84)のナウシカや、『もののけ姫』(97)のアシタカのように、明確なヒーローではなく、いろんなものを抱えている普通の少年だという点にもご注目を。そこは、アイデンティティを探していく『千と千尋の神隠し』(01)の千尋とも似ているようだが、少し違っていて、いまの暗たんとした世相を反映した悩める人物像として描かれる。
宮崎監督は常に時代を俯瞰で見据えて人物造形を考えてきているが、もはや時代のほうから作品に寄り添ってくるのではと、毎作考えさせられる。新型コロナウイルスという世界的パンデミックを体験し、いろんな価値観が変化したいまだからこそ、命の尊さを学び、人と人とが触れ合うことの重要さを私たちは学んだ。そんな時代になったからこそ、「君たちはどう生きるか」というフレーズが、また違うニュアンスを持って心に語りかけてくる。
それにしても、当初、引退作品だと宣言された『風立ちぬ』(13)もすばらしい人間ドラマだったことを踏まえたうえでの話だが、いよいよ“何度目?の正直”となる最後の監督作は、一体どんな作品になるのだろうと、誰もがワクワクしていたはず。しかし、まさかここまでの規模の冒険ファンタジーだったことには、正直面食らってしまった。宮崎監督は、最後の最後(!?)に、大一番の打ち上げ花火、いやスターマインをお見舞いしてきたのだから。