大泉洋が語る、尊敬する巨匠から受けた刺激「山田洋次監督は諦めないし、ものすごく謝る」
「山田監督の演出はものすごく細やか。アイデアによって、どんどんおもしろくなっていく」
大泉は、山田監督による「男はつらいよ」シリーズを観て育ってきたという“寅さんファン”だ。隅田川沿いの下町を舞台とした本作では、福江が住み続けている昭夫の実家が多くの場面で登場するが、ここはどこか寅さんの家を思わせるような間取りで、寅さんファンならば懐かしさとうれしさで胸がキュンとなるような佇まいをしている。
大泉も「実家のセットに入った瞬間、『うわあ、寅さんだ』と興奮しましたよ!昭夫の実家は足袋屋さんを営んでいるんですが、そのお店の前も(寅さんの実家の)『とらや』から見える道みたいでしたよね。また昭夫は、寅さんのようにそこを歩いてやってくるわけですから!」と声を大にして喜びを吐露。「僕は昔、北海道のレギュラー番組でドラマを作るという企画があった時に、山田洋次監督へのオマージュで『山田家の人々』というドラマを作ったんです。そのころはまさか自分が東京に行って、役者になるとも思っていませんでしたから、怖いもの知らずですよね(笑)。それくらい、山田監督の作品には影響を受けていると思います。家族の物語ではあるけれど、そこにおかしみがあって、それこそがドラマチックであるというところが、好きなんだと思います」と打ち明ける。
それだけに山田組への初参戦は「とても光栄だった」という大泉だが、実際に現場に飛び込んでみたところ、たくさんの発見があったそうで「とにかく監督のつける演出が細やかで、現場で『こう言ってみてくれる?』というセリフやお芝居がどんどん足されていく。監督のアイデアによって、どんどんそのシーンがおもしろくなっていくんです。監督の映画がおもしろいのは、現場で足す、監督のアイデアがおもしろいんだなということがよくわかりました」と山田監督のアイデアの豊かさに驚いたと続ける。
「たとえば、宮藤官九郎さん演じる木部が、居酒屋で『春の〜うら〜らの、隅田川〜』と歌いながらトイレに行ってドアを開けると、そこに人が入っているというシーン。トイレのなかの人に『ノックしろ!』と木部が怒られるんですが、そのシーンも台本にはなく、全部現場で足されたものです。そういったシーンも、山田監督は確固たる自信を持って『これがコメディだ』と非常に細かく演出をつけていく。宮藤さんも『とても勉強になった』とおっしゃっていたし、僕もやっぱり『男はつらいよ』などでこういう笑いを見て育ってきたなと思うんです。また『人間は単純なものではない』という想いを大事にしながら演出をされていたのも、印象的です」と山田監督作品がなぜ人々を惹きつけるのかを、肌で実感した様子だ。
「山田監督は諦めないし、ものすごく謝る」
本作は、山田監督の91歳にして90本目の監督作となる。大泉は、エネルギッシュに作品を生みだし続けている山田監督から「刺激を受けることもたくさんあった」と告白する。
「山田監督の現場は、『このシーンは撮り直します』というリテイクが普通にあるんですね」と明かし、「小百合さんは、『山田監督は、“僕は諦めが悪いんだよ”とおっしゃるんですよ』と言っていました。山田監督は常に、『もっとよくなる』という想いを大事にしているんですね。そして山田監督はリテイクになると、『僕がうまく撮れなかったんだ。もう一回やらせてくれる?』とものすごく謝るんです。みんなも監督がもっとよくなると思っていることが伝わるから、『もちろんやりましょう!』となる。
山田組は、たいてい9時に始まって17時に終わるんですが、たとえばそれが延びてしまった時にも、監督は『みんなにも生活があるのに、こんなに時間がかかって申し訳ない』と謝って、ご自身で差し入れをしたりすることもあるそうなんです。とても健全な現場だと思うし、『みんなにも生活がある』という監督の考え方はすばらしいなと思います。そうしながらも諦めないんですから、本当にすごいですよ」と巨匠の謙虚な素顔、妥協なきものづくりへの姿勢に尊敬の眼差しを向けていた。
取材・文/成田おり枝