アガサ・クリスティ作品の常識を覆す!?ミステリーとスリラーが融合した「名探偵ポアロ」最新作は衝撃の結末が待っていた!
大胆なアレンジで生まれ変わったアガサ・クリスティの世界を堪能!
ケネス・ブラナー監督は、俳優にカメラを身に着けてもらい、その映像を使用するなど、大胆な演出にチャレンジ。その効果は満点で、薄気味悪い屋敷をドキドキしながら歩く登場人物の恐怖を、われわれ観客も疑似体験することになる。屋敷に飼われたオウムの視線を感じさせるシーンもあり、事件を見つめる「視点」がキーポイントとなる。期待どおり、予期せぬ犠牲者が続き、驚くべき結末が訪れるのだが、その結末を知って冒頭から観直したくなるのも、アガサ・クリスティ作品ならではだ。
キャストでは、これが3回目となるポアロ役、ケネス・ブラナーの余裕たっぷりの演技に対し、霊媒師レイノルズ役のミシェル・ヨーは登場するだけで場をさらい、アカデミー賞を受賞したばかりの勢いを感じさせる。ブラナー監督の前作『ベルファスト』(21)で父と息子を演じたジェイミー・ドーナンとジュード・ヒルは、なんと今回も父子役。神経衰弱状態にある医師の父を見守る息子という関係で、ヒルの天才子役ぶりが印象に残る。そのほかのキャストも個性豊かで、時としてややこしくなりがちなミステリーの人間関係が、すんなり頭に入ってくるのはキャスティングの妙だ。
そしてクリスティのファンで、原作となった「ハロウィーン・パーティ」を読んでいる人は、『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』におけるケネス・ブラナー監督の大胆なアレンジに驚きと共に、感心するしかないだろう。現代のミステリー映画らしい改変はされつつ、原作の重要なエッセンスである、リンゴや水、庭、そしてなにより、事件を引き起こさずにはいられない人間の本能が、絶妙に新たなストーリーを彩っている。原作未読の人は、本作を観たあと、ぜひ原作の「ハロウィーン・パーティ」を手に取ってほしい。
このように本作が証明するのは、クリスティの作品がまだまだ映画化の“宝庫”であるという事実。小説の発行部数が世界で20億冊以上といわれ、聖書やシェイクスピアに次いで読まれているとされる、アガサ・クリスティ。様々なアレンジで新たな時代に生まれ変わり、未体験のミステリーとなって新たな観客に届く。そんな埋もれた原作のポテンシャルを示すところも、『オリエント急行殺人事件』や『ナイル殺人事件』とひと味違う、『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』の魅力かもしれない。
文/斉藤博昭
『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』
発売中 定価:880円(税込)