抱腹絶倒!キュートなSFコメディ「ヒップタッチの女王」が伝えたい、大切な誰かへの理解と尊重
超能力を持つヒーローたちのSFアクションドラマ「ムービング」が人気を集めるなか、同様にスーパーパワーをテーマにした「ヒップタッチの女王」も着実なムーブメントを起こしている。韓国・JTBCで初回が放送された8月12日には、同時間帯視聴率1位を記録(ニールセンコリア調べ)。韓国の視聴率調査会社ニールセンコリアの調査によれば、折り返し地点を過ぎ終盤に差し掛かった12話も2桁に迫る勢いと、終盤になっても息切れをしない魅力で視聴者を惹きつけている。
主人公は、祖父の動物病院を継いだ獣医師ポン・イェブン(ハン・ジミン)。犬猫専門の医師なのに家畜の診察にも出かけなければならないほど、病院は経営難だ。ある夜牛を診ていたイェブンは、落ちてきた流れ星に当たってしまう。翌日の診察中、犬のお尻に触れたイェブンの脳裏に、突然犬が見たものがよぎっていく。何と流れ星に当たったことで、動物や人間のお尻に触れると過去が分かるサイコメトリー能力に目覚めてしまったのだった。同じ頃、ムジン警察署にソウル広域捜査隊からムン刑事(イ・ミンギ)が赴任してきた。犯人を取り逃がして左遷された彼は、早く手柄を立てようと躍起になっていた。ひょんなことからイェブンの特殊能力を知ったムン刑事は、彼女を利用して功績を上げようと考え、イェブンも渋々協力することに。一方、ムジンではこれまで経験したことのない猟奇的な連続殺人事件が起きていた。
「ヒップタッチの女王」はコメディとしてスタートしながらサスペンス要素も織り交ぜていき、次第にドラマが最も伝えたいメッセージを前景化させていく。今回は、縦横無尽にジャンルを横断するこのドラマの魅力に迫ってみたい。
韓国で最も有名(?)な架空都市・ムジン
ドラマの舞台は、韓国の地方都市・ムジン。山と海に囲まれた自然豊かな場所である一方、チャ・ジュマン(イ・スンジュン)のように地元出身の名士が議員となり、地域活性を目指して再開発が推進されてもいて、平和な町と人は変化に揺れつつある。
実はムジンは、韓国の映画や小説といったフィクションに頻繁に登場する架空の都市だ。小説家キム・スンオクが1964年に著し大きな反響を呼んだ「霧津紀行」をはじめ、実際に起きた聴覚障がい者の学校での性的虐待事件を扱った『トガニ 幼き瞳の告発』(11)の舞台としても登場した。その名の通り、いつも濃い霧が立ちこめた静かな町だ。
「ヒップタッチの女王」では、ムジンは明るく親しみやすい田舎町として描かれる。どうやら忠清道のある地域に仮定されているようだ。牛の脱走が重大事件というどかさや地方特有の密接な人間関係に加え、独特な地域性もしっかりストーリーにちりばめられている。ソウル育ちのムン刑事と地元民のズレた会話の中には、“同じ質問を三回はする”というほど言葉の真意が見えづらい忠清道の特徴が垣間見え、クスリとさせるポイントとなっている。
イェブンとムン刑事の奇妙なバディ、親友オッキ…強烈な個性のキャラクターが集結!
“最悪な出逢いを経て仲良くなるケミ”は韓国ドラマや映画によくあるが、キュートでちょっと抜けたイェブンと、堅物でいつもしかめ面なムン刑事も出逢いから最悪だ。イェブンは偶然彼のお尻に触れてしまったことで「変態野郎!」と罵られ、一本背負いされたりと散々(しかも劇中で何度も投げ飛ばされる)。ムジンの外から来た美青年キム・ソヌ(スホ)への恋心という弱みを握られているため、捜査協力をし始めてからも、カササギの雛に触るため電柱に登らされる、何匹もの蛇のお尻を触らせられるなど、毎回体を張らされている。変顔も披露するなどヒロインにしては散々な扱いだが、演じているハン・ジミンがあまりに可愛らしく、コメディエンヌの本領を発揮しているので楽しい。奇妙なバディであるがゆえにベタベタしていない絶妙な距離感の2人は、安心して笑って見ていられる。
近年最も愛された「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」がそうだったように、上質な韓国ドラマの特徴は、脇役たちが個性豊かで演技巧者であることだ。例えば「ヒップタッチの女王」では、熱烈に恋し合ったものの別れてしまった、イェブンの叔母ヒョノク(パク・ソンヨン)とムジン警察署強力班班長ジョンムク(キム・ヒウォン)のリユニオン・カップルが見せる「二十五、二十一」のパロディシーンは、込み上げるような笑いを誘う。
そして「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」は、親友トングラミとのコンビネーションに夢中になったファンも多かったことだろう。“ヒロインの親友が最高ならドラマは面白くなる”という法則があるならば、「ヒップタッチの女王」はまさに大当たりのドラマだ。
イェブンの幼なじみで親友オッキ(チュ・ミンギョン)は、イェブンが営むポン動物病院の向かいにあるスーパー・オッキドッキの娘。高校生の時に転校してきたイェブンに何かと世話を焼く、ちょっと不良なキャラクターだ。これまたクセの強すぎる子分たちを引き連れてあらゆる面倒事を度胸と腕っぷしで制する姉御肌な彼女だが、惚れっぽい一面もある。ムン刑事に惹かれていた時もあったが、オッキを「オンニ!」と呼び慕う素朴な青年ヨンミン(キム・ヨンミョン)にときめきが隠せなくなり、戸惑う姿も可愛らしい。
抱腹絶倒、または脱力するギャグの応酬が続く一方で、このドラマで見せる笑いはなかなか行き届いたものになっている。第3話、イェブンは偶然オッキの彼氏(シム・ヒソプ)のお尻に触れてしまう。女性の姿が見えたイェブンは、オッキに浮気の疑惑を伝える。逆上して彼氏の家に殴り込んだオッキは、女性が彼自身であることを知る。一昔前の価値観なら、コメディドラマはマイノリティをギャグの対象としていただろう。しかしオッキは恋人の突然の告白に戸惑いながら「口紅、赤よりピーチが似合うよ」とエールを送る。彼女らしいさばさばした言葉で、静かに感動する。
ドラマの放送前、「相手のお尻を触る」というドラマのコンセプトがクローズアップされたことで、セクハラの議論が巻き起こった。制作陣が「前後の文脈がとても重要。放送を見れば懸念は解消されるはずだ」と説明した通り、視聴者の反応を見る限り、捜査するタイミングでのみお尻を触るという限定的な描写は、少なくとも不快感を与えることはなかった。自由で大胆なコメディでありつつ、「ヒップタッチの女王」は誰かを傷つけないのだ。