抱腹絶倒!キュートなSFコメディ「ヒップタッチの女王」が伝えたい、大切な誰かへの理解と尊重
人間の本音は分からない…大切なのは“共感力”
『トガニ 幼き瞳の告発』がそうだったように、ムジンには穏やかさの影にどこか非日常感や暗さが漂うのかもしれない。シリーズ終盤、その場所の空気を反映するようにストーリーはムジン再開発をめぐる疑惑と連続殺人事件、謎の死を遂げたイェブンの母の真相に近づいていく。
善良そうに見えたチャ議員は、かつて再開発を謳って土地を買収し、多くの地元民を騙した国会議員の腰巾着で、自身も同じ手口で利益をむさぼろうとしていた。イェブンは、ずっと冷たかった祖父(ヤン・ジェソン)が、たった一人でチャ議員に立ち向かおうとしていることにショックを受ける。第11話、ムン刑事はイェブンが思い悩んでいる様子に気づく。それまで「あなたは共感力がない」と揶揄されていた彼だったが、イェブンの変化は「超能力を使わなくても分かる」と言い放ち、「人はたまに本音とは違うことを言う。本音は言われるまで分からない。なら触ってみろよ。なぜ必要な時に力を使わないんだ?」と尋ねる。イェブンは「お祖父さんが本当に私を憎んでいそうで怖いから、見れない」と苦しい胸のうちを明かす。
この2人の会話は、人間関係の本質的な難しさに触れていて、忘れがたい。思ってもいない言葉が口から出てしまい、「なぜあんなことを言ってしまったんだろう?」と後悔したことのない人間が、この世にいるだろうか。「ヒップタッチの女王」の企画意図には、「重要なのは、超能力があることではない。その人を知りたいと思う気持ちだ」とある。イェブンのような特殊能力があれば、相手の思ってることをただ“知る”ことは可能だ。それでも“理解”や“尊重”は、寄り添う気持ちがなければできない。
「ヒップタッチの女王」は、お得意のウェルメイドなコメディの定石を踏みつつ、サスペンスジャンルも横断する贅沢な作りだ。繊細さも感じる描写は、さすがは現代社会に生きる人々の絶望を癒やした「私の解放日誌」の演出家キム・ソクユンが手がけただけある。ヒューマニティに根ざしたメッセージも底流する、実に周到に練られた稀有なドラマなのだ。
文/荒井 南