イ・ジョンジェが初監督作品『ハント』で到達したリアリティ「観客の方々に“どれが本物?”と感じてもらいたかった」
ディテールにこだわり抜いて作り上げられた迫真のシーン「偽物に見えるのは嫌だった」
映画の現場に精通したイ・ジョンジェの手腕を以てしても、脚本作業は困難の連続だった。ストーリーの根幹となるピョンホとジョンドが勤務して国内外の保安情報の収集や国家機密保持などを司る情報機関として1980年代に権勢を振るい、“影の権力”と恐れられた国家安全企画部(現在の国家情報院)の当時の資料をすべて調査しなければならなかった。
『ハント』の演出やストーリーは、細部に至るまでリアリティが追求されている。イ・ジョンジェは「リアルな映画がとても好きなので、自分が作るものはよりリアルにしたかった」と明かし、真実に見せるために重要な要素として、内容、美術、時代の雰囲気への理解と、現実感のある再現、そして俳優の演技を挙げた。特に安全企画部の描写には、特に神経を使った。
「要員たちが本当に言いそうなセリフを書くのが難しかったです。とても短くて含蓄とインパクトがあり、個人的に気に入っています。安全企画部のシーンについては、実際にあり得る状況を再現するのに悩みました。例えば当時は携帯電話があったのかどうかを調査してみると、一般人はそもそもあることも知らなかった。一方、安全企画部の人たちは所有していたんです。また、1989年代当時に安全企画部に在籍していた方にも会いました。10回くらい、質問をお渡ししてインタビューを続けて、すべてシナリオに書き加えたんです。歴史とフィクションが混ざり合って、観客が“どれが本物?”と感じられるものにしたかったのです。映画の中盤くらいで、ふとこれまでのシーンを振り返るとすべてが本物のように見える。それを目指しました」。
『ハント』を力強い映画にしている要素が、スピーディで重厚なアクションシーンだ。銃撃シーンでは、銃弾が落ちたら俳優には銃を捨ててもらい、弾倉を変えさせた。さらに驚くべきなのは、撃ち放たれる拳銃や機関銃の銃弾の数まで数えて、装弾数のリアリティを保持していたことだ。
「偽物のように見えるのがとても嫌だったんです。例えば爆発シーンでは、普通は爆弾をこっそり隠してしまい、割ったら火が出ないようにします。でもハリウッド映画なら、爆発したら真っ赤な火が出ますよね。インパクトを与えようとガソリンを入れるんです。なので『ハント』も視覚的にもっと強烈に見せたかったのです。ガソリンを一回全部抜いて実際の爆弾を爆発させると、少しパッと明るくなり、埃が溢れてくるんですよね。爆発シーンだけを30年間、専門的に従事してきた方が手掛けてくださいました」。
20年変わらぬチョン・ウソンとの信頼関係
最後に、『ハント』のもう一人の主役、20数年来の無二の親友であるチョン・ウソンについて聞いてみた。開口一番、「友達ですから、私よりもこの人をもっと気遣ってあげたい」と口にする絆に、改めて胸が熱くなる。
「観客の皆さんにジョンドというキャラクターを好きになってもらえるよう、ジョンドの性格や人生、ビジュアルについては悩みました。そんな悩みは、私があえて口にしなくても、現場で撮影をするチョン・ウソンさんは全部わかってくれていると気づきました。なぜなら、一日や二日で生まれた悩みではないことを、彼本人も分かっているから。たくさん悩んだ末に決めた私のディレクションには、なにも言わずに従ってくれました。実は『ハント』は、編集が終わっても彼には見せませんでした。私が“ジョンドは絶対かっこよくなければならない”と自信があったから、あえて見せなかったんです。チョン・ウソンさんも、気になるでしょうけど“なんで見せないの?”とは聞かなかったんですよね。カンヌ国際映画祭で披露した時、“ジョンドかっこいい!”“チョン・ウソンかっこいい!”と称賛されて、うれしかったです」。
取材・文/荒井 南