『正欲』でも新境地を開拓!映画ファンを唸らす稲垣吾郎の近年のキャリアを振り返る
自分自身に最も近いと稲垣も語る『窓辺にて』の主人公
尊敬する大林宣彦監督の遺作となった『海辺の映画館-キネマの玉手箱』(20)では大久保利通を、手塚治虫の原作をその息子である手塚眞が映画化した主演作『ばるぼら』では異常な性欲に悩む小説家を、とひとクセある役を立て続けに演じ、ただならぬキャリアを築いてきた稲垣。
孤独や心の闇を抱えた役どころで存在感を放ってきた彼がその真価を発揮したのが、2022年の主演作『窓辺にて』だろう。ビターな大人の恋愛模様を描いた本作で演じたのは、妻に浮気されたフリーライター。編集者の妻が売れっ子小説家と浮気していることを知りながらも、怒りを覚えずに淡々と受け入れる自分に対し、感情が乏しいのではないかと戸惑いを抱くキャラクターだ。
今泉力哉監督が稲垣にあて書きしたという役柄は、稲垣本人に「本当の僕」と言わしめるほどパーソナルな部分に近い人物。浮気の事実を冷静に受け止める姿は、あまり感情を表に出さずに達観して物事を見つめる稲垣のミステリアスなイメージとリンクする。
独自の道を歩んできたがゆえに、どこか“変わり者”という印象すらある稲垣だからこそ、“普通”から外れながらも自分の人生を歩く人間を、自然かつ魅力的に、そして説得力抜群に演じることができたのだろう。
『正欲』で体現した“普通”の人の狂気
絶妙な作品選びで俳優として進化を続けてきた稲垣の主演最新作となる『正欲』は、家庭環境、性的指向、容姿など、様々な“選べない”背景を持つ人たちの人生が少しずつ交差していく群像劇。生きていくために模索する人々の姿を通して、「人が生きていくための推進力になるのはなんなのか」というテーマを観る者に投げかける。
稲垣が演じているのは、横浜に暮らす検事の寺井啓喜。不登校になった息子の教育方針を巡り、自分の考えを押しつけては妻とたびたび衝突するなど、一度正しいと思ったことを疑わないキャラクター。これまで社会からはみ出した側の人物を演じることの多かった稲垣にとって、その逆となる“普通”側の人間だ。
自分だけが正しいと思い込む啓喜の自信満々な人間性を稲垣は曇りのない表情で体現しており、持ち前の端正なルックスも手伝い、佇まいからして説得力抜群。相手を理解しようとしない無配慮な眼差しなど、人としての薄っぺらさや無意識な狂気を不気味に表現しており、新たな一面を開花させている。
浮世離れした自らのイメージを生かしたキャラクターから、イメージを裏切るような役どころまで、多彩な役で自らの可能性を広げ続けている稲垣吾郎。どの作品でもさすがスターというべき存在感を放つ彼が今後どんな役に挑むのか、その動向に注目し続けたい。
文/サンクレイオ翼