“憑依チャレンジ”が引き起こす、命の葛藤。A24『トーク・トゥ・ミー』はなぜ世界中の若者の心を掴んだ?
映画賞レースに絡む良作を次々と世に送りだしているアメリカの映画会社A24は、いまやアートハウス系作品のトップブランドだ。新人を含む国内外の先鋭的なフィルムメーカーを発掘し、製作もしくは配給業務を行う同社は、ホラー、スリラー、SFといったジャンル映画も積極的に手掛けている。アリ・アスター監督の『へレディタリー/継承』(18)と『ミッドサマー』(19)、ヴァルディミール・ヨハンソン監督の『LAMB/ラム』(21)、タイ・ウェスト監督の『X エックス』(22)などがその代表例だ。
もしもあなたが、極めてユニークな上記のタイトルに魅了されたことがあるならば、「A24ホラー史上最高興収を記録!」とチラシに銘打たれた最新作『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』(12月22日公開)に好奇心をそそられずにはいられないだろう。
登録者数682万人(2023年12月21日現在)を超えるYouTubeチャンネル「RackaRacka」で人気を博してきたオーストラリアの双子兄弟ダニー&マイケル・フィリッポウの長編デビュー作。A24が北米配給権を獲得した本作は、『ヘレディタリー』の北米興収記録を塗り替えたうえに、全世界興収9199万ドル(2023年12月21日時点)を叩きだした。ちなみに、『ヘレディタリー』の全世界興収は8285万ドルで、特に日本でヒットした『ミッドサマー』の同興収は4805万ドルだ。
呪物の“手”がカギとなる、巧妙な心霊描写
『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』の主人公は、ごく平凡な17歳の少女ミア(ソフィー・ワイルド)。2年前に母親を亡くした喪失感を引きずる彼女は、同世代の間で流行している“憑依チャレンジ”に興味を抱き、家族のように親しくしている同級生のジェイド(アレクサンドラ・ジェンセン)とその弟ライリー(ジョー・バード)と共に降霊会に参加する。ところが儀式の最中、邪悪な霊に憑依されたライリーが激しく暴れだし、意識不明の重体に陥ってしまう。それ以来、罪の意識に苦しむミアは行く先々で死霊につきまとわれるようになり、さらなる恐怖と絶望のどん底に突き落とされていく。
いわゆる心霊もののオカルト・ホラーなのだが、登場人物があの世から霊を呼びだすアイテムは、欧米のホラーでよく使用されるウィジャボード(コックリさんに似た、欧米でポピュラーな降霊術に用いる文字盤)ではない。セラミックのコーティングが施された不気味な呪物の“手”を握り締め、「話したまえ(Talk to me)」と唱えるのが本作のルール。その瞬間、どのようにして死霊が出現するのかは観てのお楽しみだが、カメラ視点の主観と客観を使い分けた演出が実に巧妙で、映画館で悲鳴が上がること必至の恐怖描写に仕上がっている。
“YouTuber出身の新人”というパブリックイメージを覆す脚本力
さらに1992年生まれのフィリッポウ兄弟が、古くからある心霊ホラーをZ世代の若者たちを主人公に再構築したことも、海外で成功を収めた大きな要因だろう。死霊の憑依を体験した者は、得も言われぬ恍惚感に浸ることができ、何度もそれを繰り返したくなってしまう。つまり劇中の“憑依パーティ”ともいうべきシーンは、現実世界でドラッグに興じ、時には危うい中毒に陥ることもある若者たちのメタファーになっている。その憑依チャレンジ動画がSNSを介して拡散していくさまや、スマホで常につながっている彼らがふとした瞬間に寂しさを感じる心理描写も真に迫っている。同世代の観客にとって、まさに“自分たち”の物語がスクリーンで繰り広げられていく。
ちなみに筆者はホラー鑑賞歴40年以上で、Z世代の若者たちの親世代にあたる映画ライターなのだが、本作の出来栄えには舌を巻いた。「どうせYouTuberの新人監督が、ちょっと変わったアイデアを小手先のテクニックで映像化したホラーなのだろう」という鑑賞前の思い込みは、根こそぎ覆された。実はこの映画、脚本が抜群に優れているのである。