「魔女の宅急便」作者、角野栄子の波瀾万丈な人生と仕事への向き合い方「この先も書くのをやめてしまうことはない」
「ブラジルで積んだ経験は、まさにキキと同じもの。歩かないと、なにかに出会うことはできない」
角野は、結婚、出産後の35歳で作家デビューを果たした。「作家になるなんて、まったく思っていなかった」という彼女にとって、大きな転機となったのが24歳で渡ったブラジルでの生活だ。当時、新婚の夫と共に広い世界を見てみたいとブラジルへと飛びだしたのだという。
「日本に帰ってきて、数年後に娘が生まれました。当時はいまのように保育園もないし、私は幼いころに母親を亡くしていますので、面倒を見てくれる人もいない。娘につきっきりの生活をしていました」と専業主婦として育児に追われている時期に、大学時代の恩師から「本を書いてみないか」という思いがけない声がけがあった。そこで執筆したのが、ブラジルでポルトガル語を教えてくれた少年、ルイジンニョ少年との交流をもとに描いたデビュー作「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」となった。
「私には、本なんて書けないと思っていました。だって卒論とラブレター以外、文章なんて書いたことがないんですから」と笑った角野は、「でも先生が強く、『書きなさい』と言ってくださった。『先生、私の卒論しか読んだことがないくせに』と言いながらね(笑)。それならばルイジンニョのことを書いてみようと思ったんだけれど、始めてみたらものすごくおもしろかった。書いていると『人間ってこういう時にこう話すんだ』『こんなことを考えているのかも…』とかいろいろな発見があるし、自分のなかにたくさんの世界が生まれてくる」と目を輝かせる。
自分が好きだと思えることを見つけた角野は、それから夢中になって次々と物語を書き始めた。「ブラジルに行ったこと、ルイジンニョと出会ったことは、私にとってとても大きな出来事です」と作家人生の転機となった出会いに感謝しきり。
ブラジルで生活を始めた当初は戸惑ったり、寂しく思ったりすることもあったというが、出会いを通して新たな世界が広がっていく過程は「まさに『魔女の宅急便』のキキと同じですね」としみじみ。「やっぱり私は、“歩くこと”ってとてもいいことだなと思うんです。歩かないと、なにかに出会うことはできない。どこか遠くへ行かなくとも、1日ごとの散歩だっていい。そうすると小さなことでも発見があるし、想像力が湧いてくる。動かずになにかを待っているだけだと、だんだん凝り固まって小さくなってしまうような気がしています」と実感を込める。ちなみに本作では、なんと角野とルイジンニョによる62年ぶりの再会も捉えており、角野が「ルイジンニョも『ミラクルだ』と言っていましたね」と振り返るように、人生の滋味が詰まった場面となっている。