「魔女の宅急便」作者、角野栄子の波瀾万丈な人生と仕事への向き合い方「この先も書くのをやめてしまうことはない」
「好きなことだったら、やめられない」
思いがけない作家デビューから、53年。「魔女の宅急便」をはじめ、「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけ」や「リンゴちゃん」など数々の人気シリーズを世に送りだしてきた。どの作品も、魅力的なキャラクターが躍動する、自由奔放な発想にあふれたものばかり。この“自由さ”は角野作品に欠かせないエッセンスだが、その原点には終戦の記憶が根付いているという。「戦時中は、ものすごく締め付けのある時代でした」と切りだした角野は、「食べるものがない、着るものもない暮らしであったとしても、日本が戦争に勝つためにはみんなが我慢しなければいけない、兵隊さんにお金を送るんだという教育をされて、それに対して大きな声で意義を唱えることはとてもできないような時代です」と回顧。
「灯火管制といって、夜は空襲に備えて電気の光が漏れないように暮らしていました。電球の傘に、風呂敷をかけたりしてね。終戦後にそれがパッと取れて、明るいところで暮らせるということが本当にうれしかったですね。すごいことだなと思いました」と終戦を迎え、その生活が一転したと続ける。「生活がそうやって少しずつ変化していって、『自由なんだ』という気持ちも湧いてきた。ラジオの進駐軍放送からジャズが流れてきたり、外国から映画や本もたくさん入ってきたりしてね。これからは遠慮なくいろいろなことができるんだ、やりたいと思えば、それが叶えられるような世の中がやってきたんだ、うれしい!って」と声を弾ませながら、「戦後には、借りてきた本ではなく、新しい本を買ってもらえるということもうれしかったですね。特に覚えているのは、『ビルマの竪琴』。とにかく、『これは自分の本なんだ』と思えることがうれしくて。新しい本って匂いも違うし、自分の本だと思えるものを手にする感覚は格別なもの。いまの子どもたちにも、そういった経験をたくさんしてもらえたらいいなと思っています」と自由への喜びや、子どもたちへの願いも込めながら、作家活動に打ち込んでいる。
よく笑い、よく食べ、仕事にも邁進する。インタビュー当日も周囲をパッと明るくしてしまうような笑顔やトークに取材陣も魅了されっぱなしだったが、そんな角野にとって「スランプだ」と感じる瞬間はあったのだろうか。すると「『書けないな』『私、もうダメかしら』と思うこともありますよ」と、角野は目尻を下げる。「でも、一晩寝るとまた書きたくなる。書き直してみることも、とても大事なことだと思っています。『きっと新しいものと出会える』という期待を持って、書き直してみる。こう考えてみると、やっぱり私は物語を書くことが好きなんでしょうね。書いていると、“そこに自分がいる”という感じがする。『書きたくない』と思ったこともあるけれど、この先も書くのをやめてしまうことはないと思います。好きなことだったら、やっぱりやるのよ。“そこに自分がいる”と感じられるものをやめてしまったら、寂しくてしょうがない」と楽しそうに語る。
2023年11月3日には、隈研吾設計による「魔法の文学館」(江戸川区角野栄子児童文学館)が開館するなど、角野栄子の世界はどこまでも広がっていく。同館には幅広い世代が訪れ、たくさんの子どもたちが熱心に児童書に読むふける姿も見受けられた。時代を経ても人々を魅了する物語について、角野は「なんだかおもしろい人が出てきて、失敗したり、成功したりしながら、あちこちを歩くようにして進んでいく。そして納得のいくハッピーエンドがあることが大事だと思っています」と持論を展開し、「人生、何事も失敗しないと始まらない。失敗は物事の始まりですよ」とニッコリ。楽しくて、温かな物語は、それらを生みだした彼女の人柄そのものだった。
取材・文/成田おり枝