史劇の概念を覆すサスペンス『梟ーフクロウー』アン・テジン監督が明かす作品へのこだわりと映画人生の原点
常に和やかなムードが満ちた名優たちとの撮影現場
ギョンスは視覚障害者である一方、これまで多くの映画で描かれてきた、ハンディキャップを持つキャラクターとは異なる造形だ。ギョンスが主体的に躍動し、ノワールのムードが満ちる緊迫のシーンもある。「ギョンスが社会的弱者であることは事実ですが、この映画のなかで彼はむしろ、真実を追求するために自分のハンディキャップを利用する瞬間もあります。そういうところが、観客の方々が楽しめるポイントになると思います」
韓国の映画ファンから支持されている映画評論家イ・ドンジン氏が「歴史の余白を埋める想像力に、演技巧者の俳優たちの新鮮な好演が力を加えた」と絶賛を送ったように、俳優の力も『梟ーフクロウー』の魅力の1つだ。キャスティングはまず主役のリュ・ジュンヨル、続いてユ・ヘジンにオファーが行き、『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(17)でも共演していた2人は快諾したという。最初は緊張感に包まれた現場も次第に呼吸が合い、撮影にかかる時間が短くなるなど、スムーズに進んだそうだ。
最も記憶に残るエピソードを尋ねると、アン・テジン監督は「一番難しい質問ですね」と苦笑いしていたが、ありあまるほど思い出があるということは、さぞ心地の良い撮影現場だったのだろう。昨年開催された百想芸術大賞で新人監督賞を受賞した際、ステージから俳優陣へ向けて送ったメッセージも感動的だった。
「私がそれほど多くのディレクションをしたわけではないんです。すべての俳優たちが、まるで監督の役割をきちんとしてくれたような感じです。私、キャスティングが上手なんですよね(笑)。すばらしい俳優たちを選びさえすれば、後は流れに任せれば良いのだと思っています」
15歳のとき、忠武路(ソウルにある映画の中心地)の映画館で『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)を観て、自分は映画監督になるべきだと思ったというアン・テジン監督。1987年7月17日午後15時40分という、時間まではっきりと覚えている。あの日から苦節35年。いまはたくさんの制作会社からのラブコールが相次ぐ人気監督になったが、一方の本人は、「細く長く活動していきたい」と、案外素朴な目標を明かした。
「生活者として映画監督をしていこうかなという感じです(笑)。映画を続けていくモチベーションというのも、『大ヒットしたい!』とかではなく、応援してくれる家族のために、今後も頑張って映画を作っていこうと思っているだけです」
インタビューの最後、次回作としてソウルを舞台にAIが活躍するアクションスリラーを書いている最中だと教えてくれたアン・テジン監督。「今作や次回作とはまた違うジャンルの、いろんな映画を撮ってみたい」と意気込んだ彼が、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』にも匹敵する快作を撮る日も、そう遠くない。
取材・文/荒井 南