『オッペンハイマー』クリストファー・ノーラン監督による感動的なスピーチも。いよいよ佳境の映画賞シーズン、GG賞を振り返り
第81回ゴールデン・グローブ賞授賞式が、米ロサンゼルスのビバリーヒルトンホテルで開催された。今年の招待客は約1100名、映画やテレビシリーズで人気を博した作品の出演者やクリエイターが勢揃いし、バンケット形式で行われる授賞式前のディナーは、NOBUの松久信幸シェフが腕を振るった。81回を数えるゴールデン・グローブ賞で、和食や寿司が振る舞われたのは初めての試みだったという。
今年は、長編アニメーション部門に『君たちはどう生きるか』(宮﨑駿監督)と『すずめの戸締まり』(新海誠監督)が、作曲賞部門に久石譲(『君たちはどう生きるか』)がノミネートされるなど、日本作品の躍進も目立った。『君たちはどう生きるか』の受賞は、2007年に設置された長編アニメーション賞史上初の外国語作品受賞となった。宮﨑監督の前作『風立ちぬ』(13)は外国語映画賞(当時)にノミネートされていた。会場に宮﨑監督やスタジオジブリの方々の姿はなかったが、プレゼンターに立ったフローレンス・ピューは、『君たちはどう生きるか』(英題:The Boy and the Heron)英語吹き替え版でキリコ役を演じた縁がある。また、老ペリカン役のウィレム・デフォー、プレゼンターを務めたマーク・ハミルは大伯父役(『天空の城ラピュタ』のムスカ役も)、ヒミ役の福原かれん、『もののけ姫』でアシタカ役を演じたビリー・クラダップ、『崖の上のポニョ』の宗介の父役マット・デイモン、『風立ちぬ』の菜穂子役のエミリー・ブラントと本庄役のジョン・クラシンスキー夫妻も会場にいた。ジブリ作品は吹き替え版声優の豪華さでも知られており、満を辞しての受賞と言えるだろう。
今年の最多受賞は『オッペンハイマー』の5冠。ドラマ部門作品賞、同主演男優賞(キリアン・マーフィー)、共通部門の監督賞(クリストファー・ノーラン)、助演男優賞(ロバート・ダウニーJr.)、作曲賞(ルドウィグ・ゴランソン)を受賞した。これが初のゴールデン・グローブ賞受賞となったノーラン監督は、2008年に助演男優賞を受賞した故ヒース・レジャーを偲んだ。ノーラン監督は「以前このステージに立ったのは、大切な友人の代理で賞を受け取った時でした。とても複雑で難しい役目でしたが、スピーチの最中にロバート・ダウニー・Jr.が、いまと同じような慈愛と援護の目で見つめる姿が目に入りました。彼は私たちのチームのたくさんの人々に同じように愛情とサポートを示してくれました。(この賞を)シンプルに自分が受け取るだけかと思っていたけれど、この場に立ってみて突然、監督として仲間を代表して受け取ることしかできないと気づきました。監督の仕事は、人々を集め、彼らにベストな仕事をしてもらうことです。ロバート(・ダウニー・Jr)、20年来のパートナーであるキリアン(・マーフィ)、(プレゼンターを務めていた)マット(・デイモン)はどこへ行ったのかな?フローレンス(・ピュー)とエミリー(・ブラント)、そしてすばらしいスタッフの方々。たくさんの人々に感謝を述べねばなりません」といつもの冷静さを欠いて感動のスピーチを行った。そして「非常に挑戦的な題材に可能性を見出してくれたユニバーサル・ピクチャーズ」と原作者に感謝したのちに、プロデューサーで妻のエマ・トーマスに最大の賛辞を贈った。
映画部門ドラマ作品主演男優賞を受賞したキリアン・マーフィは、受賞発表の際に妻から熱烈なキスを受け、登壇するなり「僕の鼻にはまだ口紅がついていますか?」と会場に問いかけた。「クリス(ノーラン)の撮影現場に最初に足を一歩踏み入れた時、すぐに違いを感じました。厳格さ、集中力、渾身…そして俳優が座る場所などないことを(笑)。映像派監督で名監督の手中にいることを認識しました。俳優という職業のもっとも美しく豊かなことは、一人ではなにも成し得ないところです。この映画には、魔法のような史上最高のアンサンブルキャストが集まりました」とキリアン・マーフィはすべてのキャストに感謝を述べた。主役のロバート・オッペンハイマーを演じているが、彼が言う通り、この映画のすべてのキャストが映画全体を作り上げ、その評価がキリアン・マーフィの主演男優賞とロバート・ダウニー・Jrの助演男優賞に集約されていたのだ。ユニバーサル・ピクチャーズ傘下のフォーカス・フィーチャーズの作品『The Holdovers(原題)』は、ポール・ジアマッティがミュージカル/コメディ部門主演男優賞で、共通部門助演女優賞をダヴァイン・ジョイ・ランドルフが受賞した。授賞式後にはビバリーヒルズのレストランでユニバーサル主催のアフターパーティが開かれていたが、その後にポール・ジアマッティがタキシード姿のままファーストフード店「In-N-Out Burger」でチーズバーガーを頬張る姿が捉えられ、SNSで話題となっていた。
ミュージカル/コメディ部門は『哀れなるものたち』が作品賞と同主演女優賞(エマ・ストーン)、9部門最多ノミネートだった『バービー』は新設部門のシネマティック・ボックスオフィス・アチーブメント賞と「What Was I Made For?」(ビリー・アイリッシュとフィニアス・オコネル)が楽曲賞に輝いている。主演およびプロデューサーのマーゴット・ロビーは、「(ピンクの服で)ドレスアップして、地球上で最もステキな場所である映画館に足を運んでくださったすべての人々にこの賞を捧げます。映画ファンを称える賞を創設してくれた、ゴールデン・グローブ賞に深く感謝します。これはバービーについての映画ですが、人間についての映画でもあります。私たちは、みなさんのために愛情を込めてこの映画を作りました」とスピーチし、満面の笑みでトロフィーを受け取った。
ドラマ部門主演女優賞は『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンが受賞し、冒頭では北米先住民族のブラックフィートの言葉で挨拶した。「私はいまこの像を手にしていますが、これは歴史的な受賞で、私だけのものではありません。流暢ではありませんが、ブラックフィートの言葉を話せることに感謝します」と述べた。スピーチ内で、かつてハリウッドでは先住民の俳優が英語で話したセリフを音声技師が逆回転させて先住民の言語に聴こえるようにしていた歴史を語り、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の監督であるマーティン・スコセッシや共同脚本のエリック・ロス、主演のレオナルド・ディカプリオが歴史を変えてくれたと感謝を述べていた。
TV部門では、昨年シーズン4で優秀の美を飾った『メディア王 〜華麗なる一族〜(サクセッション)』がドラマ部門作品賞、同主演男優賞(キーラン・カルキン)、同主演女優賞(サラ・スヌーク)、共通助演男優賞(マシュー・マクファイデン)が4部門の最多受賞。ミュージカル/コメディ部門は『一流シェフのファミリーレストラン』が作品賞、同主演男優賞(ジェレミー・アレン・ホワイト)、同主演女優賞(アヨ・エデビリ)で3部門、リミテッドシリーズ部門で『BEEF/ビーフ ~逆上~』が作品賞、同主演男優賞(スティーブン・ユァン)、同主演女優賞(アリ・ウォン)の3部門を受賞。奇しくも、翌週に行われた第29回放送映画批評家協会賞でも『メディア王~』『一流シェフのファミリーレストラン』『BEEF~』の3作品が作品賞・俳優賞を独占するという結果になった。
『一流シェフのファミリーレストラン』のシドニー役で助演女優賞を初受賞し、昨年は映画『シアター・キャンプ』やアニメーション映画『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック』でタートルズと行動を共にする高校生エイプリル役の声を演じたアヨ・エデビリはまさに“旬のコメディエンヌ”。緊張で声を震わせながら行ったスピーチでは、エージェントやマネージャーに加えて、「私のクレイジーなメールに返信をしてくれているアシスタントのみんな」に感謝を述べると、会場から大歓声が起きた。「もしサンキューを言われていない人がいたら、あなたは意地悪だったってことよ!」とスピーチを締め、会場中を笑いに包んだ。
英国人らしいウィットに富んだスピーチをすることで毎回注目されているマシュー・マクファイデン(『メディア王』)は、「“人類の油汚れ”ことトム・ワムスガンズ役を演じた1秒1秒が最高に愛すべき時間でした」と笑いをとった。スピーチ内でエンディングの盛大なネタバレをしているので、ドラマ未視聴の方はご注意を。
ゴールデン・グローブ賞を運営する組織は2021年にロサンゼルス・タイムズなどから会員組織の非多様性と組織運営の不透明さを指摘され、数年をかけて再編を行っていた。今年からハリウッド外国人記者協会の名前もなくし、ゴールデン・グローブ賞のテレビ中継を行う製作会社に吸収合併されている。ハリウッドで働く100名以下の外国人記者による組織は、世界76カ国310人の映画ジャーナリストが投票する賞に生まれ変わった。その結果、宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション賞を受賞し、フランス人監督・脚本家のジュスティーヌ・トリエとアルチュール・アラリが『落下の解剖学』で脚本賞を受賞した。主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)にフィンランドのアキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』に主演したアルマ・ポウスティ、ドラマ部門には『落下の解剖学』のザンドラ・ヒュラーといった国際的な俳優もノミネートされている。『オッペンハイマー』で映画部門助演男優賞を受賞したロバート・ダウニー・Jrは、彼に対し臆面もなく「キャリアをリスタートすべきです」とアドバイスしてくれたエージェントたちに感謝し、スピーチをこう結んだ。「ゴールデン・グローブ賞に投票したジャーナリストのみなさん、変化を遂げ名前を変えたことに敬礼を」
文/平井伊都子