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『青春ジャック』の当時を知るシネマスコーレ元従業員が語る、映画館をつくる人々の熱気と名古屋ミニシアターのこれから

コラム

『青春ジャック』の当時を知るシネマスコーレ元従業員が語る、映画館をつくる人々の熱気と名古屋ミニシアターのこれから

おもしろいことに対する感性が人一倍敏感な木全支配人

僕の実体験が映画に反映されているのはそれぐらいだが、登場人物たちの言動やエピソードの数々には当時の自分がやっていたことやその頃のモヤモヤした思いが重なるところも多い。木全さんから「31日まである月の最終回は何をやってもいい」と言われて、「31 Movie Adventure」いうタイトルで、手塚眞監督『MOMENT』(81)や小中和哉監督の『地球に落ちてきたくま』(82)といった8ミリ映画の話題作を上映させてもらった時は純粋に嬉しかった。縁があって『夢みるように眠りたい』(86)の上映をお願いに行った時も、林海象監督は当時まったくの無名だったのに、木全さんは映画を観てすぐに「やろう!」と快諾してくれたものだ(『青春ジャック』では、木全さんが若松監督に林海象監督をはじめとした若い監督の才能を訴えるシーンが出てくるが、そういうやりとりが実際にあったのかどうかは僕は知らない)。

木全支配人は実際に本作に企画、プロデューサーとしてかかわっている
木全支配人は実際に本作に企画、プロデューサーとしてかかわっている[c]若松プロダクション

木全さんはとにかく早かった。「石井聰亙(現在は石井岳龍)監督の『半分人間 アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン』(85)をライブ用のPAを場内に持ち込んで大音響に上映したい。石井監督が8ミリフィルムで撮ったアナーキーやザ・スターリンのライブ映像と一緒に」と僕が言った時もおもしろがってくれたし、2人で菓子折りを持って周りの商店に挨拶に行ったのもいい思い出になっている。「イソガイくんはなんでも否定から入る」と注意されたこともよく覚えている。そんな慎重になり過ぎる僕と違って、おもしろいと思ったことは少々無謀でハードルが高くても、いつもの笑顔で素早くアタックするし、スタッフがおもしろがっていることは否定せずに限りなく自由にやらせてくれる。

そこが木全さんのスゴいところで、結果にも表れている。それこそ、『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』も井上監督から話を持ちかけられた木全さんが首を縦に振り、企画、プロデューサーで参加しなければ実現していなかったかもしれないが、なんでも楽しむそのスタンスは、木全さんを間近で見続けてきた副支配人の坪井篤史さんにもちゃんと受け継がれているから頼もしい。

41年の歴史に幕を下ろした名古屋シネマテーク…そして「ナゴヤキネマ・ノイ」の開館へ

当たり前のことだか、映画は、作り手のメッセージやその人が作る映画の面白さを伝えたいと強く思う配給会社や映画館の人間がいなければ、観客に届かない。特にミニマムな映画や観客を選ぶ、言い換えれば既存のどの映画にも似ていない個性的な映画は、それらを上映することの多いミニシアターの館主やスタッフによって支えられていると言ってもいいだろう。

本作の監督、井上淳一を演じるのは杉田雷麟
本作の監督、井上淳一を演じるのは杉田雷麟[c]若松プロダクション

それだけに、名古屋に新しいミニシアター「ナゴヤキネマ・ノイ」が3月16日に誕生するというのは嬉しいニュースだった。この新館は昨年7月28日に惜しまれつつ41年の幕を下ろした名古屋シネマテークの閉館時の支配人、永吉直之さんとスタッフだった仁藤由美さん、2019年に急逝した元支配人、平野勇治のパートナーである安住恭子さんが立ち上げたもの。劇場名の「ノイ」はジャン=リュック・コダールの『新ドイツ零年』(91)からインスピレーションを得たズバリ「新しい」という意味のドイツ語だが、3人が新しいミニシアターの設立に相当な覚悟と決意で臨んだのは想像に難くない。


地域住民とのつながりが強いのは、ミニシアターならでは
地域住民とのつながりが強いのは、ミニシアターならでは[c]若松プロダクション

「やってほしい!」と旗を振るのは簡単だ。だが、全国のミニシアターはどこも経営に苦しんでいるし、コロナ禍には名古屋シネマテークと同じように閉館を余儀なくされた劇場はほかにもあった。それでも開館に踏み切ったのは、名古屋シネマテークの閉館を惜しむ声が多く寄せられ、同館のあったビルの大家さんからの「新しい映画館をやるんだったら、場所はそのまま残しておくから」という言葉や地域住民の後押しがあったから。