中国で人気沸騰中の若手スター、ワン・イーボーが『無名』の撮影でみせた勤勉さ「撮影がない時も、現場に行ってレオンさんの演技を見た」
「トニー・レオンさんとの戦いのシーンは、近距離で演じられたので、本当に感動しました」
また、トニー・レオンとの格闘シーンの撮影エピソードについても語ってくれた。
「事前に同じようなシーンを準備し、実際の撮影に入る前に2、3日リハーサルをしました。あのシーンは9日間をかけて撮影したのですが、最初は力を入れるのが怖く、またレオンさんの相手役というプレッシャーもあって、本気を出して戦う勇気がなかったのですが、監督から『プレッシャーは捨てて、コントロールしないようにしたほうが、臨場感が出るよ』と言われまして。何度も何度も試しているうちに、だんだんスムーズになってきて、だんだん早くなっていきました。廊下から落ちるシーンは、スタントマンを使いたくなかったので、ワイヤーアクションで何度も撮影しました。レオンさんとの戦いのシーンでは、手を伸ばした瞬間に彼の顔に触れることができる近距離だったので、本当に感動しました」。
クランクインは、イーボーとワン役のエリック・ワンが海岸で遺体を運ぶシーンの撮影だった。「夜に行って夜明けまで待ちましたが、 あのシーンを撮った時はとても不安でした。脚本を受け取ったのが2021年の夏で、その2、3日後に撮影が始まりましたが、その時は監督がどんなふうに撮影をしていくのかがわからなかったです。脚本はとても単純明快でしたが、想像の余地もたくさんありそうな気がしましたし、撮影中も常に脚本をカットしたり修正したりしていたんです。それで監督から、撮影前の準備をどうすればいいかを教えてもらい、クエンティン・タランティーノ監督の作品や『ゴッドファーザー』などたくさんの映画のソフトを送ってもらい、映画の見方や学び方を教えていただきました」。
また、中国・河南省出身のイーボーだが、役柄上、上海語や日本語を話さなければいけなかったが「脚本を受け取ってから毎日、エリック・ワンさんが私の台詞を上海語で録音して送ってくれました。方言や日本語を覚えるのが早かったのは、それまで外国語の歌をたくさん習っていたので、その基礎があったからかもしれません。歌詞を暗記しているような感覚でした」と語る。
劇中では蒸したスペアリブや酔っ払い海老を食べたりする食事シーンがたくさん登場する。
「普通に食事をするシーンでは、あまり複雑に考えず、食事は食事、食事中のおしゃべりはおしゃべりだと分けていました。スペアリブを食べるシーンは、最初はあまり自然にできなくて、作り物のような食べ方をしていたのですが、その後、ホウ・シャオシェン監督の 『フラワーズ・オブ・シャンハイ』の食事シーンを見せてもらい、日常的な感覚をつかむことができました。酔っ払い海老のシーンはとても印象的で、活きたエビがジャンプしてて、最初の一口を食べる勇気は本当にありませんでした」。
イエと、チャン・ジンイー演じるファンとの間には、感情的な境界線があるが「そこはアル監督から、登場人物の背景をいろいろお聞きました」と語る。
「私が演じたイエとチャンさんが演じたファンは、昔、同じような人生を歩んだのですが、いろいろなことがあって、別々の道に進みました。イエがファンに会うため、お手洗いに行くシーンで、彼女から『あなたは死ぬのよ』と言われます。イエはあの時、自分が好きな人に酷いことを言われたので、本当に心が苦しかったはずです。だから、その時のイエの感情をどのようにして出せるかと考えました。それで僕自身は、現場に行ってその場で見たこと、そして聞いたことをしっかり受け取ることが一番重要だと思ったのです。現場では監督からも、イエとファンの関係性や、その時の2人の精神状態を丁寧に説明していただいたので、その場でイエとファンの間でなにが起こったかをより理解することができました。また、監督から私たちに『日常生活のなかに似たような感情を探してみて』というアドバイスもいただきました」。
続いて、撮影で一番印象に残ったシーンや、最もNGが多かったシーンについても聞いた。
「実は僕、チェン・アル監督にキャスティングされる少し前に映画俳優デビューをしたばかりでした。でも今回はとても大きな役だったので、いまでも撮影現場のことをよく覚えています。その理由の一つは、監督が夜の撮影に慣れている、あるいは夜の撮影のほうが調子がいいのではないかと思ったこと。ほとんどの撮影は午後6時に始まり、翌朝6時に終了します。このように集中力が高くてかなりハードな仕事のやり方を経験するのは本当に稀なことかと。そして、実際に何度もNGを出しましたが……監督はとても真面目で几帳面な方なので、おそらく私が出演したシーンはかなりの回数を重ねて撮影したのだと思います」。
そういった経験を経たイーボーは「勉強になることが多かったです」と言葉をかみしめる。
「撮影現場はとてもいい雰囲気で、カメラマンと録音技師しかおらず、ほかのスタッフは全員現場の外にいて、俳優の演技を邪魔しないように小さな声で話しながら懸命に働いていました。また、撮影がない時も僕は現場に行ってレオンさんの演技を見ましたが、レオンさんは顔や体の筋肉のコントロールがすばらしく、とても安定していて正確でした」と、名優トニー・レオンから多くのことを学んだ様子。
さらに「撮影後にリプレイを観ることで、自分のいいところとよくないところを知ることができました。自分の顔の特徴や動きを理解し、動かしていいところといけないところ、安定すべきところを知るという良い習慣を身に着けることができたと思います。そして映画を観ることで、どの部分の演技に注目すべきか、どのシーンを覚えておくかなど、俳優の演技を見る目も養われました」といいこと尽くしだったよう。
この現場を経て、俳優としてワンステージ、上に上がれたに違いないイーボー。今後もレオンのように、世界を股にかけるスターへと駆け上がっていってほしい。
文/山崎伸子