オスカー受賞のA24作品『関心領域』の演出に秘められた意図をネタバレありで徹底解説!グレイザー監督が観客に投げかけた問いとは?
第二次大戦時、ナチスドイツによる各地でのユダヤ人殺戮のなかで最大級の犠牲者を出し、「ホロコースト」の代名詞として語られる「アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所」。ナチスは、その収容所を取り囲む40平方キロメートルの地域を「The Zone of Interest(=関心領域)」と名付けていた。
A24製作の映画『関心領域』(公開中)の主な舞台は、その「関心領域」であり、収容所のすぐ隣に位置している邸宅である。そこには、収容所の所長ルドルフ・ヘスと、その家族たちが住んでいた。本作はそこで起こっていたと思われる出来事を、イギリスの作家、マーティン・エイミスの小説を基に、淡々と、しかし絶えず不穏さや緊張を伴って映しだしている。
『関心領域』は、一筋縄ではいかない前衛的な作家性を持つ映画監督ジョナサン・グレイザーの手による一作でもある。それだけに、裏に秘められた様々な意図や、1回の鑑賞ではなかなか気づけない演出が存在しているのも事実。ここでは、そんな一つ一つの要素を解き明かしながら、作品全体への理解をさらに深めていきたい。
※本記事は、ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。
史実に基づいて再現された、”幸せな家族”の姿
当時のヘス一家の日常は、いまも残る実際の家族写真が物語っている。子どもたちはプールや庭園ではしゃぎまわり、両親たちは幸せそうに微笑んでいる。こういった資料や現存する建造物を基に、本作では、“幸せな家族”の在りし日の光景を再現している。ちなみに、ヘスの暮らした本物の邸宅は保存状態が悪く、現在はユネスコの世界遺産にも指定されセットの建造などが禁止されていたため、撮影クルーは収容所近くの廃屋をリノベーションして使用したということだ。
家族の団らんの姿だけを観れば、彼らも世の多くの家族たちのそれと変わらないのかもしれない。だが異常だと思えるのは、それが大勢の人々が虐殺され、死体が燃やされ続けた、アウシュヴィッツ収容所のすぐ隣だという点なのだ。戦後、ヘスが処刑される前に書いた手記のなかでは、家族が収容所の実態を知っていたかどうかには触れられていない。果たして、ホロコーストの現場のすぐそばに住んでいて、そこで行われていたことを知らずにいるというのは、あり得るのだろうか。
注意してほしいのは、家族たちの日常をとらえた本作のシーンにおいて、収容所の方向から悲鳴や銃声など、明らかに尋常ではない音が、時々聞こえてくるところである。同時に機械音も耳に残るのだが、これは当時、収容所からの音を目立たなくするよう、オートバイのエンジン音を出してごまかす「サウンドマスキング」を施していた状況を再現したものなのだという。当時は、そのエンジンをかける仕事だけをする人員が雇われていたともいわれている。
固定カメラでの撮影によって引きだされた客観性
本作は、ヘスや家族の姿を美化せず、逆に陳腐化もせずにフラットな姿勢で映像化するため、基本的に照明を用いず、自然光で撮影している。しかも、キャストたちの自然な演技を引きだすために、隠しカメラのように敷地内の様々な場所にカメラが仕込まれてもいた。演技者が視線を意識せずに役を演じることで、あらゆるドラマティックな表現が意図的に排除され、観客は多くの映画作品に比べ、より“客観的”に彼らを観られるということになる。
このあたりが、グレイザー監督らしいところだ。彼は、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(13)などの過去作がそうだったように、従来の「映画的」とされる慣習から離れ、題材に合った表現手法を一から慎重に模索することを選択するような、知性と挑戦の精神を持っている。高い評価を得ながら寡作なのは、こういうところに理由があるのだろう。