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「原画のニュアンスをできるだけ残せるように」押山清高監督が『ルックバック』を“絵描き賛歌”として制作した理由

インタビュー

「原画のニュアンスをできるだけ残せるように」押山清高監督が『ルックバック』を“絵描き賛歌”として制作した理由

映画で追加した冒頭シーンの真意とは

線に宿った膨大な情報をなるべくそのままに
線に宿った膨大な情報をなるべくそのままに撮影/黒羽政士

そんな押山が映画の冒頭に追加した、真夜中にデスクに向かう藤野の後ろ姿も印象的だ。ここでは、たった4コマの漫画をおそらく何時間も悩みながら描いている藤野の姿が映しだされる。「藤野は内面を見せず強がっているキャラクターだけど、家ではそれなりに時間をかけて漫画を描いている姿を見せたほうが良いと思ったんです。あのシーンがないと映画として観た時に『藤野ってちょっと嫌なヤツ?』となっちゃいそうだったので。それから、映画の導入としてもっとインパクトを与えられたらと思ったのもありますね。今後、映画館以外で観てもらうことも想定して、導入ではちょっとヘンなことを長尺でやってみたいと思いました。ずっと藤野の背中なんだけど、頭を掻いたり、なんだかもぞもぞしていたり。普通のアニメなら切り取らないような挙動を残して、本作の個性となる印象に残る場面を作りました」。

冒頭に追加された藤野のシーン
冒頭に追加された藤野のシーン[c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

藤野と京本の、ささやかでありながら人生を決定づけていく日々を彩っているのは、haruka nakamuraの劇伴と主題歌だ。「haruka nakamuraさんを起用したのは、藤本さんが『ルックバック』を描いている時にBGMとして聴いていたことがきっかけです。『ルックバック』は藤本さんが自身を投影している作品とおっしゃっていたので、僕も今回はできるだけ藤本さんのパーソナルな要素も取り入れようと思って、絵コンテを描きながら聴いていたんです。するともう、この作品には彼の曲がピッタリだろうなって(笑)。それで、avexさんからも名前があがったので、haruka nakamuraさんにお願いすることになりました」。

“絵を描くこと”の尊さを見つめ、大切に描いた作品

すべての“描く人”に捧げられた絵描き賛歌、『ルックバック』
すべての“描く人”に捧げられた絵描き賛歌、『ルックバック』[c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

押山は今回の作品を、すべての“描く人”に捧げられた「絵描き賛歌」だと表現している。「『ルックバック』をよく見ていただくとわかると思うのですが、線が微妙に揺れていたり、きちんと重なっていなかったりといった“手描き感”を残しています。いまではあまり見られなくなりましたが、原画を使って描くとこうなるよね、という作画を意図的に行っています。技術の進歩によって、AIで映像も作れる時代になりつつあります。商業アニメの世界でも“美しく均一な仕上がり”が求められる一方で、原画を描いた人の“この絵で本当に表現したかったこと”が“ノイズ”として除去されてしまうこともあります」。


【写真を見る】まるで『ルックバック』のよう!押山監督の作業部屋を大公開
【写真を見る】まるで『ルックバック』のよう!押山監督の作業部屋を大公開撮影/黒羽政士

通常、商業アニメーションでは原画から動画、彩色、仕上げといった順序で作業が行われる。そのなかで作業の効率化のために、動画担当が原画をもとに動画を作る際に、原画の中に残る線のひずみやムダな線を取り除き、均一で彩色しやすい絵へと整えていく。「例えば目の前にある消しゴム1個、その存在をどのようにとらえて表現したかったのか。原画担当が描いた消しゴムは、形をなんとか捉えようと苦心した存在感に満ちているはずです。ですがアニメーションの生産ライン上ではそれらが余計な情報になってしまうこともあるので、作業の効率を下げないために除去する必要が出てくることもあります。その結果、描き手の苦労やなにか伝えたいことがあったかもしれない消しゴムの絵も、動画になった時には存在感やニュアンスを取り除いた“単なる消しゴム”の絵になってしまう。これは絵を描く人からすると、線に宿った膨大な情報を捨てているのと同じことで、すごくもったいないなって…。この作品は漫画家を志す2人が主人公なので、せっかくなら描いた人間の意思をダイレクトに表現したいと思って、原画のニュアンスをできるだけそのまま残せるように制作しました。絵を描く人の生々しさや生き様のようなものを宿した原画を画面に宿すことができたのではと思います。裏テーマとしていろいろな演出も取り入れているので、考察してくださる方が現れるのも楽しみです!」。

絵を描くことでお互いを知り、友情という言葉では表現しきれないつながりを築いく藤野と京本の物語。クリエイターだけでなく、すべての人の心にせつなくもあたたかい気持ちを届けてくれるはずだ。

取材・文/藤堂真衣

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