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映画『ルックバック』徹底レビュー!「悔しみノート」の梨うまいが、時を経てより多くの人に刺さる物語となった理由を熱く語る

コラム

映画『ルックバック』徹底レビュー!「悔しみノート」の梨うまいが、時を経てより多くの人に刺さる物語となった理由を熱く語る

誰かが信じてくれたから、自分自身を信じることができる

自分を信じられなくなったとき、人は本当の意味で挫折する。

田んぼ道を駆け抜けたあの日、藤野は一度諦めかけた自分自身を、京本の言葉によって再び信じることができた。漫画描くの卒業したら?と勧めてきた友達も、空手教室に誘ったお姉ちゃんも、誰ひとり面と向かってはっきりとは口にしてこなかった、“漫画なんて描いても何も役に立たない”という考えを、京本の存在であっさりと無視して筆をすすめることができた。だから京本の唐突な死によって、他でもない藤野の口からぽろんとこの言葉が出てきてしまうのだ。「なんで描いたんだろ…描いても何も役にたたないのに……」

京本の言葉によって再び自分を信じることができた藤野
京本の言葉によって再び自分を信じることができた藤野[c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

自分一人で、自分の力を信じることって無理だと思う。いや、出来る人もいるのかもしれないけど、そいつは確実に嫌われてるね。しかもそんな高慢ちきのつくった作品なんて、クソみたいにつまらないに決まっている。でも自分のことを信じられなかったら、なんにもつくれない。だって全部ゴミに見えるから。私はかつて、自分のつくりたいものをひとりで実現しようと躍起になっていた。つくってもつくっても理想から程遠い。バッキリ折れそうになる心を自給自足の「頑張れ!」で補強して、誤魔化して。当然の結果として、あっという間に自分のことをゴミ生産機としか思えなくなり、挫折。特大の自己嫌悪つき。今でこそ笑い話だが、笑っていいのは私だけだ。そんな全治無期限の重傷から今日までなんとか生き延びているのは、挫折の痛みに苦しみ悶え、悔しい、悔しいと書き殴った私の文章を、面白いと言ってくれる人がいたからだ。ただ言ってくれただけじゃない。その殴り書きのルーズリーフを「本にして出版しよう、沢山の人に読まれるような本にしよう」と、とにかく形になるまで付き合ってくれた人がいた。その言葉と行動は噓じゃないと思えたから、大袈裟でなく、生きる糧になった。自分で自分を信じられなくなる時も、振り返った日々には私を信じてくれた人がいるという事実が刻まれている。そう思ったら、まだ傷は痛むけど生きていける。どこまでも歩いて行ける。人生100年時代?足りないくらいだね。

藤野と京本が共に漫画を描くシーンはどれも美しい
藤野と京本が共に漫画を描くシーンはどれも美しい[c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

藤野のことを、藤野自身よりも信じていたのが京本だ。書きかけの読者アンケート、壁に貼られた藤野の著作である「シャークキック」のポスター、複数冊ずつ買いそろえられたその単行本、京本の部屋に遺されたあらゆるものがそれを物語っている。京本がその輝く瞳で、妥協のない筆致で藤野の生む作品とその才能を信じていた事実が鮮明に蘇り、藤野は再び立ち上がって机に向かった。その背中には、特大のツルハシが深々と突き刺さったままだ。


京本の死に理由はなく、意味もなく、乗り越えようもない。ケリなんて永遠につかないし、つくわけないが、京本が憧れた“藤野先生”であり続けるために、藤野はただ堪えて進むことにしたのだ。悲しみが肉を抉り、血の滴っているダサい背中だ。しかし気高く、美しい。2024年、この藤野の背中に、私は以前よりも自分自身を重ねて見ることが出来ている。ここ数年、振り返れば私たちは答えが出ない事態に耐え続けて生きてきた。世界が変わり果て、二度と日常が戻らないのではないかという恐怖とじっと共存しながら、とにかく生き延びて今日という日までたどり着いた。ただ耐えるというのは、打つ手もなく八方ふさがりのお手上げ状態のように感じるが、実はそうじゃない。未来を信じていられるからこそ取れる、とても強い選択だ。今日を生きている私たちはひとり残らず、藤野の背中を自分ごととして捉えられるんじゃないか。この年月が、「ルックバック」をクリエイターだけのものじゃなく、より多くの人に届く物語に変えてくれたように思う。痛みを抱えて机に食らいつく私たちの背中は、痺れるほどにかっこいい。

藤野の背中に自分自身を重ねて…
藤野の背中に自分自身を重ねて…[c] 藤本タツキ/集英社 [c] 2024「ルックバック」製作委員会

耐えて、生き延びよう。この世に理不尽な悲劇はそこらじゅうに転がっていて、避けて通れはしないから、一緒に傷つこう。痛くて苦しくてどうにも耐えられないなら、面白い映画を観るといい。死んだ人を生き返らせる力はないが、今日を生きながらえさせるぐらいの力はある。私も面白い映画を観たら伝えられるように、生き延びていく。

文/梨うまい

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