久野遥子、山下敦弘、いまおかしんじが振り返る、『化け猫あんずちゃん』完成までの長い道のり
「真夏の撮影現場での汗など、演者さんの肉体性をアニメにそのまま反映しました」(久野)
――実写の撮影現場で思い出に残っているエピソードを教えてください。
山下「とにかく暑かったっていうことに尽きますね(笑)」
久野「そういう意味で、貧乏神とあんずちゃんが勝負するシーンが初日だったのは良いタイミングでした。森山さんもTシャツの色が変わるくらいリアルに汗をかいていたので、アニメーションであまり足していないんです。演者さんの肉体性がアニメにそのまま反映されたという」
山下「ロトスコープって時間や天気は関係ないじゃないですか。そういう利点があるぶん、制作部が撮影スケジュールを詰めるんですよ(笑)。『ちょっと1日の分量多すぎないか!』ってくらい」
久野「撮影はたしか10日くらいでしたよね」
山下「10日くらいで、とにかく暑かった。あんなに経口補水液を飲んだの初めてだったけど、実際に効くもんだと実感しました(笑)。あれと氷のうで首を冷やして…いまの8月は外で撮影しちゃダメですね。初日でもう真っ赤になっちゃって」
いまおか「そこまで詰め込んで撮らなきゃならなかったんだ」
山下「売れっ子が揃っていますから、皆が撮影しない時期にやるという(笑)。河原での撮影は周りに釣りをしてる人もいましたが、森山くんはネコ耳つけてるし、カメラは小さな一眼のミラーレスだし少人数だったので映画を撮ってるとは思われなかったと思います。あいつらなにやってんだ?って感じで(笑)」
久野「照明部がいないので、撮影班がコンパクトになったんですよね」
――アニメーションのキャラクターには、影がほとんどつけられていない印象でした。
久野「シンプルな絵が自分の好みということはあります。それと首やスカートの下を無条件で暗くするとか、アニメーションの影って立体感を出すための記号という側面が大きいんです。それがこの作品に合わない気もしました。キャラクターはデフォルメされているけど影をつける場合ははリアル、みたいなバランスの方がおもしろいんじゃないかなと。光の設定は美術監督・色彩設計のJulien De Manさんが担当されて、実写に合わせた部分を含めシーンごと設定してくださいました」
「アニメになった逆立ちのシーンを観て、すごく感動しました」(山下)
――実写からアニメになったことで「お!」と思ったシーンはありますか?
山下「お母さんの柚季とかりん2人が逆立ちをするところですね。脚本の字面で読んだ時には『逆立ちすんの?』と思っていたんですけど、実際に撮ってアニメになっているのを見た時にすごく感動したので。市川さんと五藤さんのお芝居もしっかり機能していたし、すごいなと思いました」
――本当に逆立ちをしてたんですか?
山下「実はしてないんですよ」
久野「あそこはアニメーターさんにすごい頑張ってもらった所ですね。実写で逆立ちすると『よいしょ』って感じが強くなってしまうんです。でもアニメーションだとスルっとできるし、柚季の性格の気持ちよさみたいなところも表現できて、アニメーションだからこそのシーンだと思っています」
――逆に、久野監督として特に印象に残っている実写のお芝居はどこですか?
久野「かりんとあんずが宴会の後に喧嘩するシーンですね。あそこは山下さんがすごく粘って五藤さんのいい表情を引きだしていました。逆に森山さんは無表情だけど、すごくニュアンスを出していて。2人がぶつかって素敵なお芝居をしてくださったので、この温度感をちゃんとアニメに持っていくのは大変だなと思いました」
――現場で同録(同時録音)で録った音声も使っているんですよね?
いまおか「7、8割は同録だったそうですね」
山下「何か所か録り直したものもありますが、ほとんど同録を使ってますね」
久野「実写のお芝居を絵にしているので、少し聞き取りづらくても同録の方が合うからとアフレコを使わなかったシーンもありました」
山下「撮影から時間が経って、その間に五藤さんは役者としてめきめき成長していたので、アフレコのお芝居が明らかにうまい(笑)」
久野「アフレコの時、五藤さんは自分のお芝居をあらためて観直している感じでしたね。最終的にかりんにとって大切なシーンのいくつかはアフレコにしました」
山下「一番わかりやすいのがラストシーン。『あんずちゃん!』って叫ぶカットは実はアフレコを使っているんですが、収録の時に驚いたくらいよかったです」
「完成した映画を観たら『俺、いい仕事したかも!』と思えました」(いまおか)
――長期にわたった3人での共同作業を振り返っていかがですか?
山下「制作期間を通して致命的にぶつかり合うこともなく、とても楽しい仕事でしたね。途中で初稿に戻しましょうとか、いまおかさんには注文を出しすぎたのでちょっと申し訳なかったな(笑)」
いまおか「ここまで直させておいて初稿かよ、とか思いつつ(笑)。でも足かけ8年かかったので、正直途中で『これは成立しないんじゃないか』と思いました。打ち合せの時にみんなの意見を台本に書き込むんですが、メモ書きで真っ黒になる量なんですよ。家に帰ってそれを見ると『ハァ…』となるんですけど、どれもちゃんと的を射た意見だったので、こっちも負けじと書き直していきました。時にはしんどい思いもしましたが、完成した映画を観たら『俺、いい仕事したかも!』と思えましたね。とにかく完成してよかったです」
――ご自身でもアニメ作品を撮ってみたいと思ったりしませんでしたか?
いまおか「それはまったくないですね(笑)」
久野「お2人とも、いわゆるアニメーションの記号的な世界とは違ったものを描こうとしていたので、私にとってはそれがモチベーションになりました。いまおかさんの独特のセリフ遣いが、山下さんの演出で俳優さんを通して声になると、すごく素敵なんです。そうやって演じてくださった皆さんの持ち味をアニメーションで表現できるのかと不安もありましたが、実写映像にあった“おもしろさ”のニュアンスは残せたと思います」
取材・文/神武団四郎